古典和歌stream

思ふとも君は知らじなわきかへり
岩漏る水に色し見えねば

歌の意味
どれほど思っていても、あなたはお気づきにならないでしょう。湧き返って岩から漏れ出る水には、色というものが見えないのですから。
鑑賞
第一部 胡蝶

 衣更の四月、玉鬘のもとには人々からの手紙が多くなってゆく。源氏は思いどおりだとおもしろく思い、しばしば西の対に渡っては文を検分し、しかるべき相手には返事をするよう勧めるので、玉鬘は打ち解けられず辛く思っている。兵部卿宮の焦れったげな恨み言の数々を見つけて源氏は笑い、返事をするよう勧める。まじめ一方の右大将までが恋の山に倒れそうな体で嘆いているのもおもしろいと見比べるうち、唐の縹の紙にたいそう香を焚きしめ、細く小さく結んだ文があった。これはなぜこう結ぼほれているのかと開いてみると、見事な筆跡でこの歌が書かれていた。差出人は内大臣の子息の中将、すなわち柏木である。

 「わきかへり」は水が盛んに湧き返ることで、「岩漏る水」の縁語である。「色し見えねば」は色が見えないのだからということ。恋の思いは胸の内で激しく湧き返っているのに、岩間を漏れる水に色がないように外からは見えない、という嘆きである。実の姉であることを知らぬまま懸想している痛ましさが、この歌にはある。玉鬘の方は弟からの文と知っているために開かずに置いたのであって、細く結ばれたままの状態が「結ぼほれたる」と語られ、差出人の心の結ぼれと重ねられている。源氏は柏木の筆跡と人柄を高く評価し、いずれ姉弟と分かる時も来るだろうから、はっきりとは言わずにごまかしておけと右近に命じる。この歌により柏木は「岩漏る中将」とも称される。

わきかへる:水が盛んに湧き返る。「岩漏る水」の縁語。
岩漏る水:岩の間から漏れ出る水。
色:目に見える色あい。転じて心の内。
し:強意の助詞。
結ぼほる:結ばれてほどけない。心がふさぐ意を掛ける。
作者
紫式部
出典
源氏物語
その他の歌