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ませのうちに根深くうゑし竹の子の
おのが世々にや生ひわかるべき

歌の意味
垣根の内に根深く植えた竹の子も、それぞれの世を持って、ここから生い別れてゆくのだろうか。
鑑賞
第一部 胡蝶

 源氏は玉鬘に、実の父である内大臣に名乗り出るのはまだ早い、しかるべき縁に落ち着いてからのほうがよいと説き、兵部卿宮の浮気な人柄や、右大将の家の事情まで挙げて、婿選びをめぐる自分の迷いを語る。そして、私を昔のお方になぞらえて母君と思ってくださいと言うので、玉鬘は困り果て、幼い頃から親というものは無いものと思う癖がついておりますとおっとり答える。源氏はなるほどと思い、後の親を親と思って私の心ざしを見届けてほしいと語らう。心の内に思っていることは口に出せず、それを匂わせる言葉を時々まぜるが、玉鬘は少しも気づかない。ため息をつきながら帰る途中、御前の呉竹が青々と若く育ち、なびいているのに心惹かれて立ちどまり、御簾を引き上げて詠みかけたのがこの歌である。

 「ませ」は籬、すなわち垣根で、ここでは六条院をさす。「竹の子」は玉鬘のたとえである。「おのが世々」は「世」に竹の「節」を掛け、それぞれの世すなわち男女の仲を持つことをいう。「節」は竹の縁語である。「生ひわかる」は生い育って別れてゆくこと。手もとで育てた竹の子も、やがてよそへ移ってゆくのだろうかという嘆きは、養い親の情のようでありながら、玉鬘を他人の妻にはしたくないという恋情の裏返しでもある。夕顔と過ごした五条の家にも呉竹があったから、この竹には昔の面影も重なる。思いを直接には言えぬまま、庭の景に託して詠みかけるという形が、この時期の源氏の屈折をよく表している。

ませ:籬。垣根。ここでは六条院をさす。
竹の子:筍。ここでは玉鬘のたとえ。
おのが世々:それぞれの世。「世」に竹の「節」を掛ける。
生ひわかる:生い育って別れてゆく。
べき:…だろうか。
作者
紫式部
出典
源氏物語
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