橘のかをりし袖によそふれば
かはれる身ともおもほえぬかな
- 歌の意味
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橘の香りがした昔の人の袖に、あなたを比べてみると、別の人であるとも思われないことだ。
- 鑑賞
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第一部 胡蝶
源氏は気がかりのまま、しばしば玉鬘のもとへ通う。雨のあがったしんみりした夕方、御前の若楓や柏木が青々と茂りあうさまを眺めて「和して且清し」と口ずさむうち、この姫君のつややかな美しさが思い出されて、いつものように忍んで渡った。手習をしてくつろいでいた玉鬘が起き上がり、恥じらう顔の色あいがたいそう美しい。そのなごやかな気配につい昔の夕顔が思い出されて堪えがたく、初めて逢った時はこれほど似ているとは思わなかったのに、今はその人と見まがう折さえあると言って涙ぐむ。箱の蓋に載せた菓子の中に橘があるのをもてあそびながら詠んだのが、この歌である。
「橘のかをりし袖」は『古今集』の「五月まつ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする」を踏まえ、亡き夕顔をさす。「よそふ」はなぞらえる、比べるの意。「かはれる身」は別人の身ということで、「身」に橘の「実」を掛ける。母に生き写しだと言いながら、その言葉のまま娘へ手を伸ばしてゆくのだから、追慕がそのまま恋情に横すべりしている。源氏はこの歌に続けて、いつも心にかけて忘れがたい、こうしてお世話するのは夢かとばかり思うがそれでも堪えられない、私を疎まないでほしいと言って手を取った。橘という季節の物一つを介して、亡き人と目の前の人とが重なってしまう場面である。
橘:花橘。昔の人を思い出すよすがとされる。
かをりし袖:香りのした袖。ここでは亡き夕顔をさす。
よそふ:なぞらえる。比べる。
かはれる身:別人の身。「身」に橘の「実」を掛ける。
おもほゆ:自然と思われる。
- 作者
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紫式部
- 出典
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源氏物語
- その他の歌
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