にほどりに影をならぶる若駒は
いつかあやめにひきわかるべき
- 歌の意味
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鳰鳥のように影を並べる若駒である私が、いつあやめであるあなたから引き分かれることがありましょうか。
- 鑑賞
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第一部 蛍
花散里の歌への返しである。語り手は、遠慮のないお二人の御歌であることよと評する。源氏は、朝夕いつも一緒にいるという間柄ではないけれど、こうして拝見すると心休まるのですよと、冗談まじりに、しかしのんびりした人柄の相手に合わせてしんみりと語らわれる。花散里は寝床を君に譲り、御几帳を隔ててお休みになる。おそば近くに臥すことなどは似つかわしくないとすっかり諦めていらっしゃるので、源氏も無理にとは申し上げなかった。
「にほどり」はカイツブリで、雌雄が寄り添うことから夫婦仲のよいたとえに用いられる。「影をならぶる」は水に映る姿を並べること。「若駒」は源氏自身、「あやめ」は花散里をさし、前の歌の語をそのまま受け継いでいる。「ひきわかる」の「ひき」も、菖蒲を「引く」意と駒を「牽く」意とを掛けて相手の掛詞に応じたもので、いつ別れることがあろうかという反語である。端午の節句に菖蒲と若駒を取り合わせて詠むのは古歌にも例があり、その型を借りて夫婦の変わらぬ間柄を保証してみせた。とはいえ現実には寝所を分かって休むのだから、言葉のうえの睦まじさと実際の距離との落差が、この一対の歌には静かに漂っている。
にほどり:カイツブリ。雌雄が寄り添うことから夫婦仲のよいたとえ。
影をならぶ:水に映る姿を並べる。連れ添う。
若駒:若い馬。ここでは源氏自身。
あやめ:菖蒲。ここでは花散里。
ひきわかる:引き離れる。「ひき」は「引く」と「牽く」を掛ける。
- 作者
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紫式部
- 出典
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源氏物語
- その他の歌
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