篝火にたちそふ恋の煙こそ
世には絶えせぬほのほなりけれ
- 歌の意味
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篝火とともに立ちのぼる私の恋の煙こそは、いつまでも絶えることのない炎なのだった。
- 鑑賞
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第一部 篝火
内大臣が引き取った近江の君の悪評が世間の噂となり、それを耳にした玉鬘は、源氏に引き取られたわが身の幸いをしみじみと思い知って、しだいに源氏へ心を開いてゆく。秋になり、初風が涼しく吹き出すと、源氏はなんとなく寂しくなって堪えきれず、足繁く西の対へ渡っては一日を過ごし、和琴などを教えて聞かせる。七月五日六日の夕月ははやくに山の端に入り、荻を渡る風の音もしだいにあわれ深くなるころ、二人は琴を枕にして並んで臥していた。こんな例があるものだろうかとため息をつきながら夜を更かすが、人に見咎められることを思って帰ろうとし、消えかかった庭前の篝火を右近大夫に灯させる。遣水のほとりの檀の木の下でともされた火の光に照らされた玉鬘の姿は美しく、源氏は帰りかねてためらいながら、この歌を詠んだ。
「恋」の「ひ」に「火」を掛け、庭の篝火とわが恋の火とを重ねる。「たちそふ」は篝火に添って立ちのぼることで、「煙」の縁語である。「世には絶えせぬほのほ」は、いつまでも消えることのない炎ということ。歌に添えて「いつまでとかや」と言うのは「夏なれば宿にふすぶる蚊遣火のいつまでわが身下燃えをせむ」を引いたもので、いつまで待てというのかという訴えである。「ふすぶるならでも、苦しき下燃えなりけり」と続けるのも、表向きは取り乱してなどいないと言いながら、内では燃えつづけているという意味になる。庭の火という現実の景を、そのまま恋情の比喩へ転じてみせたところに、この歌の巧みさがある。巻名「篝火」はこの歌と次の返歌に由来する。
篝火:庭前で焚く照明の火。鉄の籠に松の割木を入れて燃やす。
たちそふ:添って立ちのぼる。「煙」の縁語。
恋:「ひ」に「火」を掛ける。
世には絶えせぬ:いつまでも絶えることのない。
下燃え:内に秘めて燃える思い。
- 作者
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紫式部
- 出典
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源氏物語
- その他の歌
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