小塩山深雪つもれる松原に
今日ばかりなる跡やなからむ
- 歌の意味
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小塩山の雪深く積もった松原には、今日ほどの行幸の跡は、これまでなかったのではないでしょうか。
- 鑑賞
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第一部 行幸
帝の歌への返しである。太政大臣がこのような野の行幸に供奉した先例などあっただろうかと語り手は言い添える。源氏は御使いを恐縮しつつ手厚くもてなされた。もっとも、そのころ聞いたことの端々が思い出されるのは覚え違いであろうか、と語り手は例によって断りを入れている。この行幸を目にした玉鬘は、はじめて帝の御姿に接して心を動かされ、宮仕えもわるくないと考えはじめる。源氏はその心の動きを見透かしたように、翌日さっそく文を届けることになる。
「深雪」は雪が深いことをいうと同時に「みゆき」すなわち行幸を掛ける。帝の歌の「雪深き」を受けつつ、掛詞に仕立て直したところが手柄である。「跡」も帝の歌をそのまま受け、雪に残る跡と先例との両義を保っている。「今日ばかりなる跡やなからむ」は、今日ほど盛大な行幸の例はなかっただろう、という賛辞であるが、断定を避けた問いの形にすることで、出過ぎたところがない。帝が先例を尋ねよと言ったのに対し、先例などありますまいと返したのだから、応答としても一分の隙もない。相手の語をことごとく引き取って返すという、儀礼の贈答の見本のような一首である。
小塩山:大原野の西にある山。歌枕。
深雪:雪が深いことと、「行幸」とを掛ける。
松原:松の生い茂る原。
今日ばかり:今日ほど。今日ぐらい。
跡:雪に残る跡と、先例との両義。
- 作者
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紫式部
- 出典
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源氏物語
- その他の歌
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