うちきらし朝ぐもりせしみゆきには
さやかに空の光やは見し
- 歌の意味
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空一面が霧に曇り、朝曇りしていたあの行幸では、はっきりと空の光を、帝のお姿を拝することができたでしょうか。
- 鑑賞
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第一部 行幸
行幸の翌日、源氏は西の対の玉鬘に、昨日は帝を拝見しましたか、例の話にはお気持ちが動かれましたか、と文を送った。白い色紙にこまごまと思わせぶりに書いてもいないのが、かえって趣がある。玉鬘は、私には関わりのないことをとお笑いになりながら、よくもそこまで見通されるものだと思う。この歌はその返事であり、「どちらもはっきり決めかねております」と書き添えてあった。紫の上もこれを御覧になり、源氏は、中宮がおられる以上わが家の娘という名目での入内は不都合だ、若い女で帝を拝見して心を動かさぬ者はいないだろう、などと語る。紫の上が、自分から宮仕えを望むのは出過ぎた心でしょうと笑うと、源氏は、あなたこそ夢中になられるでしょうと応じるのだった。
「うちきらし」は空一面を霧で曇らせること。「朝ぐもり」は朝方の曇り空である。「みゆき」は行幸に雪を掛け、その日ちらついていた雪と重ねている。「空の光」は帝をたとえる。「やは見し」は反語で、はっきり拝することなどできませんでした、ということ。実際には帝の端麗さに深く心を動かされていたのだから、これは本心を隠した詠みぶりである。曇っていたのは空か、それとも我が身の思案か、と両様に読めるところに、この歌のたくみさがある。源氏に見透かされていることを察しながら、正面からは認めまいとする玉鬘の気配が、そのまま一首になっている。
うちきらす:空一面を霧で曇らせる。
朝ぐもり:朝方の曇り空。
みゆき:「行幸」に「雪」を掛ける。
さやかに:はっきりと。明らかに。
空の光:空に輝く光。ここでは帝をたとえる。
やは見し:見たでしょうか、いや見ませんでした、という反語。
- 作者
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紫式部
- 出典
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源氏物語
- その他の歌
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