古典和歌stream

おなじ巣にかへりしかひの見えぬかな
いかなる人か手ににぎるらん

歌の意味
同じ巣でかえったはずの卵が一つ見えないことだ。いったいどのような人が手に握っているのだろうか。
鑑賞
第一部 真木柱

 鴨の卵がたいそう多くあるのを御覧になって、源氏は柑子や橘のように見せかけて取りつくろい、ごく自然な体で髭黒邸へ贈り物をなさる。文は、あまり人目に立ってはと思われて、あっさりと、お会いできぬ月日が重なったこと、思いもしないなさりようだと恨み申し上げるが、それも玉鬘の心ひとつから出たことではないと聞いているから、これといった機会がなくては対面も難しく残念だ、と親らしく書かれた。そこに添えられたのがこの歌で、「どうしてこんなことになど、気がやまれるのです」とあった。髭黒もこれを見て笑い、実の親のもとでさえ気安く行き来はできぬものを、まして実の親でもないこの大臣がなぜ折々に恨み言をなさるのか、とつぶやくのを、玉鬘は憎らしく聞いていらっしゃる。

 「かひ」は卵の意の歌語で、そこに「甲斐」を掛ける。同じ巣でかえった卵、すなわち手もとで育てた娘であるのに、その甲斐もなく見えなくなってしまったという嘆きである。「手ににぎる」は文字どおり卵を握る意に、人を我がものとして抱えこむ意を重ねる。贈った鴨の卵をそのまま歌の材に用い、贈答の品と言葉とを一体にした仕立てで、常夏巻の撫子や胡蝶巻の竹の子と同じく、源氏が玉鬘を物になぞらえて詠む型の最後の一例である。恨み言でありながら滑稽味を含み、それを髭黒に堂々と読まれてしまうところに、この関係のもはや取り返しのつかなさが出ている。

おなじ巣:同じ巣。ここでは源氏が玉鬘を育てた六条院。
かひ:卵の意の歌語に「甲斐」を掛ける。
かへる:卵がかえる。孵化する。
見えぬ:見あたらない。
手ににぎる:手に握る。我がものとして抱えこむ。
作者
紫式部
出典
源氏物語
その他の歌