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秋をへて時雨ふりぬる里人も
かかるもみぢのをりをこそ見ね

歌の意味
帝位を去って幾度もの秋を経、時雨に古びてしまった里住まいの私も、これほど見事な紅葉の折には、まだ出会ったことがない。
鑑賞
第一部 藤裏葉

 夕風が紅葉を吹き敷き、渡殿の錦と見まがう庭に、高貴な家の童たちが舞っては紅葉の蔭に戻ってゆく。日の暮れるのも惜しいころ、堂上の管弦の遊びが始まり、御琴が召される。宇多天皇愛用の名器「宇陀の法師」の昔と変わらぬ音を、朱雀院はまことに珍しくしみじみとお聞きになる。在位中にその音を耳にされたことがあったのだろう。往時を思い、恨めしげなご様子で詠まれたのが、この歌である。

 「秋をへて」は幾度もの秋を過ごしての意。「時雨ふりぬる」は、時雨が「降る」に「古る」を掛け、時雨に濡れ、また年古びてしまったことをいう。「里人」は帝位を退いて宮中を離れた朱雀院ご自身をさす。「かかるもみぢのをりをこそ見ね」は、これほど見事な紅葉の折にはまだ出会ったことがない、という詠嘆である。帝位にあったころにもこれほどの催しはなかった、という賛辞であると同時に、退位して過去の人となった侘しさ、六条院の栄華への羨望ともとれる、複雑な感情がにじむ。「降り/古り」の掛詞が、降りしきる時雨と老いゆくわが身とを一つに重ね、はなやかな行幸の場に、去りゆく者の翳りをそっと添えている。

秋をへて:幾度もの秋を過ごして。
時雨:晩秋から初冬に降ったりやんだりする雨。
ふりぬる:「降りぬる」に「古りぬる」を掛ける。
里人:宮中を離れて暮らす人。ここでは朱雀院自身。
見ね:見たことがない。
作者
紫式部
出典
源氏物語
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