ことならば馴らしの枝にならさなむ
葉守の神の許しありきと
- 歌の意味
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同じことならば、連理の枝のように馴れ親しませてほしい。葉守の神の許しがあったのだからと。
- 鑑賞
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第二部 柏木
四月になり、夕霧はふたたび一条宮を訪れる。庭には卯の花が咲きこぼれ、柏木と楓が枝を交わすように茂って、若葉が青々と色づいていた。夕霧はその柏木の枝を見て、亡き友の名を思い出し、生前に落葉の宮の後事を託されたことを口実にしながら、宮その人への思いをそれとなく差し出す。この歌はその折に詠まれたものである。宮は自ら答えず、女房の少将の君が代わって返しを詠み、夕霧の申し出をやわらかく退ける。
「ことならば」は同じことならばということである。「馴らしの枝」は枝と枝が触れ合って一つになった連理の枝のことで、「馴らす」に馴れ親しむ意を掛けている。「葉守の神」は木に宿って葉を守る神で、柏の木に宿るとされ、ここでは亡き柏木を指す。故人の名にちなむ木を庭に見つけ、その木の神の許しがあったと言い立てて近づこうとする構成であり、遺言を口実にする夕霧の理屈っぽさがよく表れた一首である。
ことならば:同じことならば。どうせなら。
馴らしの枝:触れ合って一つになった枝。連理の枝。
ならす:馴れ親しませる。
葉守の神:木に宿り葉を守る神。柏の木に宿るとされる。
卯の花:初夏に白い花をつける低木。うつぎ。
- 作者
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紫式部
- 出典
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源氏物語
- その他の歌
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