蓮葉を同じ台と契りおきて
露の分かるる今日ぞ悲しき
- 歌の意味
-
来世は同じ蓮の台に生まれようと約束しておきながら、その葉の露のように離れ離れでいる今日が悲しい。
- 鑑賞
-
第二部 鈴虫
その年の夏、蓮の花の盛りのころ、出家した女三の宮の持仏の開眼供養が六条院で営まれる。仏具一式は源氏がみずから整え、宮が読むための法華経も源氏の手で書かれた。紫の上をはじめとする女君たちも幡や布施の僧服を用意し、法要は盛大に行われる。飾りつけの整った御堂で、源氏は尼姿の宮に向かい、後に残された身の悲しみを訴える。この歌はその折に詠まれたものである。宮はつれない言葉を返すばかりで、源氏の思いは受け止められない。
「蓮葉」は蓮の葉のことである。「同じ台」は同じ蓮台の意で、極楽で同じ蓮の花の上に生まれ変わるという信仰に基づいた言い方である。「露の分かるる」は一つの葉に置いた露が離れ離れになることで、出家によって隔てられた二人の仲をたとえている。来世で一つになろうと誓いながら、現世ではすでに離れているという構成であり、供養の場にふさわしい仏教語を用いつつ、その内側は未練にほかならない。源氏の晩年の心境がよく表れた一首である。
蓮葉:蓮の葉。
台:蓮台。極楽で往生者が座る蓮の花の座。
契りおく:あらかじめ約束しておく。
露の分かる:同じ葉の露が離れ離れになる。
持仏開眼供養:自身の念持仏に魂を入れる法要。
- 作者
-
紫式部
- 出典
-
源氏物語
- その他の歌
-