数ならば身に知られまし世の憂さを
人のためにも濡らす袖かな
- 歌の意味
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人の数に入る身であったなら、我が身のこととして世のつらさを知ったであろうに。人のためにも涙で濡らす袖であることよ。
- 鑑賞
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第二部 夕霧
雲居雁が実家に帰ってしまい、夕霧の家の内は落ち着かないままである。そのころ、夕霧のもう一人の妻である藤典侍から、雲居雁のもとへ文が届いた。藤典侍は惟光の娘で、身分は高くないが、雲居雁との間に長く行き来があった。この歌はその慰めの文に書かれたものである。雲居雁は返しを詠み、二人の女君は互いの立場を思いやり合う。長く続いてきた二人の関係が、夫婦の破綻を背景にあらためて描かれる場面である。
「数ならば」は人の数に入る身であったならという仮定で、自らの低い身分を前提とした言い方である。「身に知られまし」は我が身のこととして思い知ったであろうという反実仮想である。「世の憂さ」は世の中のつらさ、ここでは夫の心変わりの苦しさを指す。「人のためにも」は他人のためにもということで、雲居雁を思って泣いていることをいう。自分の身分の低さを盾に取りながら相手を慰めるという屈折した構成であり、この二人の間柄をよく示している。
数ならば:人の数に入る身であったなら。
身に知る:我が身のこととして思い知る。
世の憂さ:世の中のつらさ。
人のため:他人のため。ここでは雲居雁のため。
藤典侍:惟光の娘。夕霧のもう一人の妻。
- 作者
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紫式部
- 出典
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源氏物語
- その他の歌
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