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惜しからぬこの身ながらもかぎりとて
薪尽きなむことの悲しさ

歌の意味
惜しくもないこの身ではあるけれど、これが最後だと思うと、薪が尽きるように命が終わってしまうことが悲しい。
鑑賞
第二部 御法

 若菜下の巻で大病を患って以来、紫の上の体調はついに戻らなかった。しきりに出家を願うが、源氏は生きている間は離れたくないと言って許そうとしない。そこで紫の上は、長年書き集めさせていた法華経千部を供養することにし、自邸である二条院で盛大な法会を営む。三月十日、花盛りの空のもとに営まれたこの法会には、明石の君や花散里も訪れた。紫の上はこれが最後の対面になると感じ、それぞれに別れの歌を贈る。この歌は明石の君に宛てられたものである。

 「惜しからぬこの身」は惜しくもない我が身ということで、自らを低く言う表現である。「かぎりとて」はこれが最後だと思ってという意である。「薪尽きなむ」は薪が燃え尽きることで、法華経の「薪尽きて火の滅するがごとし」を踏まえ、命の終わりを表している。「この身」に「木の実」を響かせ、薪を拾い実を採るという経文の一節を思わせる読み方もある。法会という場にふさわしい経文の語を用いながら、自らの死を静かに見据えた一首である。

惜しからぬ:惜しくもない。
かぎりとて:これが最後だと思って。
薪尽く:薪が燃え尽きる。命の終わりのたとえ。
法華経千部:法華経を千部書写すること。
法会:仏の教えを説き供養を行う集まり。
作者
紫式部
出典
源氏物語
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