いにしへの秋の夕べの恋しきに
今はと見えし明けぐれの夢
- 歌の意味
-
昔の秋の夕暮に見た姿が恋しく思われるのに、これが最期と見えたのは、明け方の薄暗がりの中の夢のようだった。
- 鑑賞
-
第二部 御法
紫の上が息を引き取った後、源氏は亡骸から一切離れようとせず、葬儀の一切は夕霧が取り仕切ることになった。悲しみに沈む源氏は、夕霧が近くまで来ても几帳を隔てようともしない。夕霧はそこで、はじめて紫の上の顔をゆっくりと見ることになる。その死顔は生前よりもなお美しかった。この歌はその折の夕霧の独詠である。夕霧はかつて野分の日に一度だけ紫の上を垣間見ており、その記憶がこの一首の底にある。
「いにしへの秋の夕べ」は昔の秋の夕暮のことで、野分の日に紫の上を垣間見た場面を指している。「恋しきに」は恋しく思われるのにという意である。「今はと見えし」はこれが最期と見えたということである。「明けぐれ」は夜明け前のまだ暗い時分で、紫の上が息を引き取った時刻にあたる。秋の夕暮と明け方の薄暗がりという二つの光の中に、生前の姿と死顔とを並べる構成であり、長い年月を隔てた二度の対面を一首に収めている。
いにしへ:昔、過ぎ去った日。
恋し:慕わしい、心が引かれる。
今はと:これが最期と。
明けぐれ:夜明け前のまだ暗いころ。
野分:秋に吹く暴風。第二十八帖の巻名。
- 作者
-
紫式部
- 出典
-
源氏物語
- その他の歌
-