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さもこそはよるべの水に水草ゐめ
今日のかざしよ名さへ忘るる

歌の意味
いかにも、神に供える寄る辺の水に水草が生えるほど久しくお見えにならないのだから仕方ないが、今日の挿頭の名までお忘れとは。
鑑賞
第二部 幻

 四月、賀茂祭の日が来る。世間は葵を挿頭にして祭に浮き立っているが、源氏はどこへも出ず、几帳の内に籠って日を過ごしていた。仕える女房の中将の君が葵を手に取り、これは何という草でしたかと源氏が問うのを聞いて、この歌を詠み贈った。中将の君はもと紫の上に仕え、今は源氏の身近に仕える女房である。源氏は返しを詠み、その戯れによって場をやわらげるが、心はやはり晴れないままである。

 「さもこそは」はいかにもそうであろうという肯定の言い方である。「よるべの水」は神に供える水のことで、久しく手が入らないさまを述べている。「水草ゐめ」は水草が生えるだろうということで、長い年月の経過を表す。「かざし」は髪や冠に挿す飾りで、ここでは賀茂祭の葵を指す。「名さへ忘るる」は名前までも忘れているということである。訪れのないことを恨む形をとりながら、祭の日の会話をそのまま歌にした、機知のある一首である。

さもこそは:いかにもそうであろう。
よるべの水:神に供える水。
水草ゐる:水草が生える。
かざし:髪や冠に挿す飾り。ここでは葵。
賀茂祭:賀茂神社の祭。葵を挿頭に用いる。
作者
紫式部
出典
源氏物語
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