心ありて風のにほはす園の梅に
まづ鶯のとはずやあるべき
- 歌の意味
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心があって風が香りを吹き送る、この園の梅に、真っ先に鶯が訪ねてこないということがあろうか。
- 鑑賞
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第三部 紅梅
光源氏没後の物語で、故致仕大臣の次男にあたる按察大納言、通称紅梅大納言の家をめぐる話である。先の北の方との間の長女大君はすでに東宮に入内しており、大納言は次女の中の君を匂宮に迎えさせたいと考えていた。今の北の方は真木柱で、その連れ子である宮の御方も同じ邸に住んでいる。ある日、大納言は東の端の軒近くに咲く紅梅がみごとに色づいているのを見て、内裏にいるという匂宮のもとへ一枝折って届けよと若君に命じる。折しも大納言は、光源氏がまだ大将であったころ自分が童として親しく仕えたことを思い出し、亡き人を慕う心を抑えかねていた。源氏の形見といえばこの宮しかないと思い定め、紅の紙に若やいだ筆で書き添えたのがこの歌である。若君は懐紙に紛れ込ませて参内し、匂宮に差し出す。匂宮は花を喜んで手放さず、翌朝この歌への返しをよこすことになる。
「園の梅」は次女の中の君を、「鶯」は匂宮をたとえている。梅に鶯という取り合わせを使い、娘のもとへ通ってほしいという申し入れを、花の話として述べたものである。「心ありて」は、風にも心があって香を吹き送るという言い方で、贈り手である大納言自身の思惑もそこに重ねられている。古今集の紀友則の「花の香を風のたよりにたぐへてぞ鶯さそふしるべにはやる」を踏まえており、花を折って人に贈るという行為そのものが古歌をなぞる形になっている。「とはずやあるべき」は、来ないことがあろうか、必ず来るはずだという強い言い方で、断られる余地を残していない。この押しの強さが、続く匂宮の返しのそっけなさを引き立てている。源氏物語紅梅巻の最初の和歌であり、巻名の由来となった紅梅を贈る場面に置かれた一首である。
心ありて:思うところがあって。風にも心があるという言い方。
にほはす:香りを漂わせる。
園の梅:庭の梅。ここでは大納言の次女、中の君のたとえ。
鶯:ここでは匂宮のたとえ。
とはずやあるべき:訪れないことがあろうか、必ず訪れるはずだ、の意。
按察大納言:按察使を兼ねる大納言。通称を紅梅大納言という。
懐紙:折りたたんでふところに入れておく紙。和歌を書くのに用いた。
- 作者
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紫式部
- 出典
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源氏物語
- その他の歌
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