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人はみな花に心をうつすらむ
ひとりぞまどふ春の夜の闇

歌の意味
人はみな花に心を移しているのだろう。自分ひとりだけが春の夜の闇に迷っている。
鑑賞
第三部 竹河

 まじめ一方の人という名をつけられたことをいまいましく思った薫は、正月二十日過ぎ、梅の花盛りのころ、風流心が乏しいと言われまいとして藤侍従のもとを訪ねた。中門に入ろうとすると同じ直衣姿の人が立っている。隠れようとするのを引き止めると、いつもこの邸のあたりで立ち迷っている蔵人少将であった。二人は連れ立って西の渡殿の前の紅梅のもとに寄り、薫が催馬楽の梅が枝を口ずさむと、その香りが花よりもはっきりと匂い立ち、妻戸を押し開けて女房たちが和琴を見事に合わせる。玉鬘は薫に和琴を勧め、その爪音が亡き父大臣に似ていると涙ぐむ。少将はさき草を、藤侍従は竹河を歌い、薫は禄の細長を主の君にかけて逃げるように帰った。その一部始終を見ていた少将が、薫がこうして出入りするようになれば皆の心はこの人にばかり寄るだろうと気を落として詠んだのがこの歌である。嘆いて立ち去ろうとするところへ、御簾の内から女房の返しがあった。

 「花」は薫のたとえで、人々の心を奪う存在として置かれている。「ひとり」には香炉を意味する「火取り」が掛けられ、薫の香をめぐる一首の中で香の縁語として働いている。「春の夜の闇」は古今集の凡河内躬恒の「春の夜の闇はあやなし梅の花色こそ見えね香やはかくるる」を踏まえたもので、闇に隠れても香だけは隠せないという歌意が、薫の芳香に重ねられている。皆が花の香に引き寄せられる中で自分だけが闇に取り残されるという嫉妬を、梅と香の縁で仕立てた歌であり、蔵人少将の劣等感がはじめて歌の形をとった一首でもある。

うつす:移す。心を他へ向ける。
ひとり:一人。「火取り」(香炉)を掛ける。
まどふ:迷う。思い乱れる。
直衣:貴族の平常服。
和琴:六弦の日本古来の琴。東琴。
作者
紫式部
出典
源氏物語
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