風に散ることは世のつね枝ながら
うつろふ花をただにしも見じ
- 歌の意味
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風に散ることは世の常だが、枝についたまま色あせていく花を、そのまま平気で見てはいられない。
- 鑑賞
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第三部 竹河
負方の宰相の君の負け惜しみに対し、勝方の中の君が返したのがこの歌である。桜は勝負によって中の君のものと定まっている。この後、中の君方の女房大輔の君、同じ方の女童、負方の女童なれきと続き、六首でひとまとまりになる。
「風に散ることは世のつね」は、相手の「咲くと見てかつは散りぬる」を受け、散るのは当たり前だと一度は認めた上で、それとは別に、枝についたまま色あせていくのは見過ごせないと切り返している。「うつろふ」は花の色があせることで、負けて悔しがっている相手の顔色をそこに重ねて読むこともできる。「ただにしも見じ」は、何事もないように見てはいられない、という意である。勝者の側から、負け惜しみを言う相手をやんわりからかった一首になっている。
世のつね:世間にありふれたこと。当たり前のこと。
枝ながら:枝についたままで。
うつろふ:色があせる、盛りを過ぎる。
ただにしも見じ:何事もないようには見ていられない。
- 作者
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紫式部
- 出典
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源氏物語
- その他の歌
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