ありふればうれしき瀬にも逢ひけるを
身を宇治川に投げてましかば
- 歌の意味
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生き長らえていればうれしい折にも出会えたのに、もし宇治川に身を投げてしまっていたらどうなっていただろう。
- 鑑賞
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第三部 早蕨
いよいよ都へ立つ日、中の君に長く仕えてきた老女房の大輔の君が、思いを述べたのがこの歌である。八の宮と大君を相次いで失った日々には、身を投げてしまいたいとまで思ったが、生き延びたからこそ主が都へ迎えられる日を見られたという。続けて別の女房も唱和し、宇治を去る一行の率直な安堵の気分が短く描かれる。この後、中の君は独り月を眺めて先の不安を詠むことになる。
「ありふれば」は生き長らえていればの意。「うれしき瀬」は喜ばしい折で、「瀬」が川の縁語として下の句の宇治川を導く。「身を憂」の「う」に「宇治川」の「う」を掛けるのが要で、辛い身の上と土地の名とが音で結ばれている。「ましかば」は反実仮想。老女房の率直な喜びが、悲しみの多い宇治十帖のなかでは珍しく明るい調子の一首となっている。
ありふる:生き長らえる。
瀬:川の浅瀬。「折」の意を掛ける。
身を憂:身の上がつらい。「宇治」の音を掛ける。
ましかば:…であったならば。反実仮想。
- 作者
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紫式部
- 出典
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源氏物語
- その他の歌
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