見し人の形代ならば身に添へて
恋しき瀬々のなでものにせむ
- 歌の意味
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亡き大君の形代であるなら、いつも身近に置いて、恋しく思う折々の思いを移す撫物にしよう。
- 鑑賞
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第三部 東屋
薫二十六歳。浮舟は八の宮が女房の中将の君に生ませた娘であったが、宮に認知されないまま育った。中将の君は浮舟を連れて常陸介と再婚し、長く東国で暮らしていた。二条院の中の君は、亡き大君の面影を求め続ける薫に、その異母妹の存在を打ち明ける。形代になる人がいると聞かされた薫が、心を動かして詠んだのがこの歌である。中の君はこれに返して、薫の求めを軽くいなす。
「見し人」は亡き大君を指す。「形代」は霊の依り代のことで、撫でて穢れを移し、川に流す人形をいう。「なでもの」も同じものである。「瀬々」は川の浅瀬で、「折々」の意を掛け、形代の縁語として働く。人を人形になぞらえる発想がここではじめて示され、浮舟という人物の位置づけを最初から決めてしまう点で重い一首である。
見し人:かつて会った人。ここでは亡き大君。
形代:霊の依り代。身代わり。
身に添ふ:身近に置く。
瀬々:川の浅瀬。「折々」を掛ける。
なでもの:撫でて穢れを移し流す人形。
- 作者
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紫式部
- 出典
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源氏物語
- その他の歌
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