絶え果てぬ清水になどか亡き人の
面影をだにとどめざりけむ
- 歌の意味
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涸れ果てもしない清水に、どうして亡き人の面影だけでもとどめておかなかったのだろう。
- 鑑賞
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第三部 東屋
薫は宇治の山荘を訪れ、亡き八の宮と大君を偲んでいた。庭の遣水は昔と変わらず涸れずに流れているのに、そこに映っていたはずの人の姿はもうない。その理不尽を清水に向かって嘆いたのがこの独詠である。この折、薫は弁の尼から浮舟が京の三条に隠れ住んでいることを聞かされ、仲立ちを頼んでその小家を訪ねる決意を固める。
「絶え果てぬ清水」は涸れることのない遣水で、変わらぬものの代表として置かれている。「亡き人」は八の宮と大君の双方をいう。「面影をだに」はせめて面影だけでもの意である。水は人の姿を映すものだから、映したまま残しておけばよかったという理屈で、無理を承知の嘆きになっている。変わらぬ自然と失われた人との対比は、宇治十帖に繰り返される型である。
絶え果つ:すっかり尽きる。涸れる。
清水:きれいな湧き水。遣水。
亡き人:亡くなった人。八の宮と大君。
だに:せめて…だけでも。
とどむ:とどめておく。
- 作者
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紫式部
- 出典
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源氏物語
- その他の歌
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