形見ぞと見るにつけては朝露の
ところせきまで濡るる袖かな
- 歌の意味
-
亡き人の形見だと思って見るにつけても、朝露が置くように、所狭いほどに濡れてしまう袖であることよ。
- 鑑賞
-
第三部 東屋
九月十三日の未明、薫は三条の小家から浮舟を抱いて車に乗せ、宇治へ向かった。同車した弁の尼は、これが亡き大君のお供であったならと思って泣き、若い侍従はその涙を縁起でもないと憎む。川霧に濡れて長く出ていた袖を引き入れながら、薫が心にもなく口に出したのがこの独詠である。浮舟は行き先も知らされないまま、車の中でうつ伏したまま運ばれていく。
「形見」は亡き人をしのぶよりどころで、ここでは大君の身代わりとしての浮舟をいう。「朝露」は道中の露であると同時に、涙を響かせている。「ところせきまで」は場所がふさがるほどでの意で、袖の濡れようの甚だしさをいう。隣にいる女を見ながら別の女を悼むという構図がそのまま歌になっており、浮舟の立場の危うさを読者に印象づける一首である。
形見:亡き人をしのぶよりどころ。
朝露:朝におりる露。涙を暗示する。
ところせし:場所がふさがるほどである。
濡るる袖:涙に濡れる袖。
- 作者
-
紫式部
- 出典
-
源氏物語
- その他の歌
-