我もまた憂き古里を荒れはてば
誰れ宿り木の蔭をしのばむ
- 歌の意味
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自分もまた、このつらい古里が荒れ果ててしまったら、誰が宿り木の蔭を偲んでくれるだろう。
- 鑑賞
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第三部 蜻蛉
薫はひさしぶりに宇治を訪れ、右近と侍従から浮舟の最期の真相を聞き出す。入水であったと知り、また匂宮との関係も明らかになって、薫は自らの落度をあらためて悔いた。八の宮、大君、そして浮舟と、この地で三人を失った歳月を振り返りながら詠まれたのがこの独詠である。この後、薫は浮舟の母へ手紙を送り、四十九日の法事を手厚く営む。
「憂き古里」は宇治の山荘で、「憂し」に「宇治」を響かせている。「宿り木」は宿木の巻で薫と弁の尼が交わした語であり、この地を訪れ続けてきた自分自身をも指す。人が絶えれば誰も偲ばなくなるという、荒廃と忘却の見通しが述べられている。宇治十帖の各巻の語をたどり直すような詠みぶりで、一連の物語をここでいったん振り返る位置に置かれた一首である。
古里:古くからなじんだ土地。
荒れはつ:すっかり荒れる。
宿り木:木に寄生する植物。宿とする木。
しのぶ:懐かしく思い出す。
- 作者
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紫式部
- 出典
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源氏物語
- 前の歌
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橘の薫るあたりはほととぎす 心してこそ鳴くべかりけれ
- 次の歌
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あはれ知る心は人におくれねど 数ならぬ身に消えつつぞ経る