- 歌の意味
- 世は無常だとこれほど見てきたつらい身でさえ、人に知られるほどには嘆いたりしない。
- 鑑賞
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第三部 蜻蛉
小宰相の君の歌に対する薫の返しである。無常を見尽くしてきた自分でさえ人目につくほどには嘆かないと述べて、悲しみを表に出さない姿勢を示している。だが実際にはこの後も浮舟を思い続けており、内心と言葉との隔たりがそのまま薫という人物を形づくっている。この贈答の後、六条院では紫の上の追善の法華八講が営まれる。
「常なし」は無常であるということ。「ここら」はこれほど多く、長くの意である。「憂き身」はつらい身の上で、自らを卑下して言う。「嘆きやはする」は反語で、嘆いたりはしないの意である。相手の思いやりを受け取りながら、それを正面からは認めない返し方であり、感情を露わにしない薫の作法がここでも通っている。
常なし:無常である。
ここら:これほど多く。長く。
憂き身:つらいわが身。
やはする:…したりするだろうか。反語。
- 作者
- 紫式部
- 出典
- 源氏物語
- その他の歌