古典和歌stream

待つ人もあらじと思ふ山里の
梢を見つつなほぞ過ぎ憂き

歌の意味
待っている人もいないだろうと思う山里の梢を見ながら、それでもやはり通り過ぎがたい。
鑑賞
第三部 手習

 妹尼の歌に対する中将の返しである。誰も待ってはいないと承知しながら、それでも山荘の梢を見ると素通りできないと述べている。亡き妻を偲んで通いはじめた道が、いつしか浮舟への執着の道になっており、その断ちがたさが率直に述べられている。この後、中将は浮舟本人へ向けてもう一首を贈って帰っていく。

 「待つ人もあらじ」は待つ人などいないだろうの意で、「待つ」に「松」を響かせる読みもある。「梢を見つつ」は木々の先を眺めながらということで、相手の詠んだ木蔭の景を受け継いでいる。「過ぎ憂き」は通り過ぎがたいの意である。拒まれていることを認めたうえで、なお足が向くという言い方に、この人物の未練が集約されている。

待つ人:待っていてくれる人。「松」を響かせる。

山里:山あいの里。ここでは小野の山荘。

梢:木の先端。

過ぎ憂し:通り過ぎがたい。
作者
紫式部
出典
源氏物語
その他の歌