古典和歌stream

袖触れし人こそ見えね花の香の
それかと匂ふ春のあけぼの

歌の意味
袖を触れたあの人の姿は見えないけれど、花の香がその人かと思うほどに匂ってくる春の明け方であることよ。
鑑賞
第三部 手習

 春の明け方、庭の紅梅の香に触れて浮舟が手習に書きつけた歌である。宇治で夜を過ごした薫の身から発していた香が、思わずよみがえってきたのだった。出家してなお、こうした折々に過去が立ち返る。この直後、山荘を訪れた紀伊守の口から薫の噂を聞くことになり、浮舟の心は大きく揺さぶられる。

 「袖触れし人」は袖が触れて香の移った人で、薫を指す。梅の香から人を思い出すのは古今集以来の型で、花の香が人の香と重なる仕掛けになっている。薫という名そのものが香りを意味する点で、この型はこの人物にだけ特別に働く。姿は見えず香だけが残るという構図が、失われた過去の触れ方をよく表している。

袖触る:袖が触れて香が移る。

見えね:姿が見えない。

花の香:梅の花の香り。

それか:あの人かと思う。

あけぼの:夜明け方。
作者
紫式部
出典
源氏物語
その他の歌