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君をのみたのむたびなるこゝろには
行く末遠くおもほゆるかな

歌の意味
あなただけを頼みにして旅立つ心には、娘の行く末が遠く思われることだ。
鑑賞
 作者にとって頼みとする父倫寧が、陸奥へ旅立つことになった。季節はしみじみと心に沁みるころで、兼家とはまだ見慣れたと言えるほどの仲でもなく、逢うことも稀にしかない。心細さは何にもたとえようがなかった。出立の日には、行く父も涙をこらえきれず、残る作者はなおさら言いようもなく悲しい。出発の時刻が過ぎたと言われるまで出てゆくこともできず、父は硯に文を巻いて押し入れ、はらはらと泣いて出ていった。しばらくは見る気にもなれなかったが、皆が出はてたのち、気を静めて開いてみると歌が書かれていた。作者はそれを、見るべき人に見せよという意味だとまで思って胸が詰まり、もとのように置いておく。やがて兼家が訪れ、作者が目も合わせず思い沈んでいるのを見て言葉をかけ、硯の文を見つけて返しを詠んだ。その後、日が経つにつれ旅の空を思いやるにつけても、兼家の心はさほど頼もしそうには見えなかった。
 藤原倫寧は作者の父で、受領層の人。この年、陸奥守として任国へ下る。兼家は藤原師輔の三男で、当時は右兵衛佐。のちに摂政関白太政大臣に至る。作者は倫寧の娘で、兼家と結婚して間もない。
 天暦八年、しみじみと心に沁みる秋の末のことで、場所は作者の住まいである。
 出立の日、別れを言いきれぬまま、父が硯に文を巻いて押し入れて残していったもので、その文に書かれていたのがこの歌である。
 作者はこれを、しかるべき人に見せよという意味だとまで思って胸が詰まり、もとのように置いておいた。訪れた兼家がその文を見つけ、「我をのみたのむといへばゆくすゑのまつの千代をもきみこそは見め」と返した。

 初句の「君をのみ」の「君」は兼家をさし、娘が頼りにできるのはあなただけだ、という含みを持つ。二句の「たのむたびなる」は、頼みにして旅立つ、の意で、「たのむ」がこの歌の要となる語であり、返歌でもそのまま受け継がれる。三句の「こゝろには」で主語を自分の心に定め、四句の「行く末遠く」へ続ける。「行く末」は娘の将来であると同時に、これから向かう陸奥までの道のりをも重ねており、遠さの語が両方にかかる。結句の「おもほゆるかな」は自然にそう思われる、の意で、詠嘆の「かな」が別れの場の心細さを結ぶ。娘を託す言葉を直接には述べず、案じる心だけを言い残す点に、その場で言いきれなかった思いがあらわれている。

たのむ:あてにする。頼りにする。
行く末(ゆくすゑ):将来。これから先。
作者
藤原倫寧
出典
蜻蛉日記
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