もゝの花すき物どもをさいわうが
そのわたりまで尋ねにぞやる
- 歌の意味
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桃の花よ。好き者どもを、西王母のそのあたりまで、尋ねにやることだ。
- 鑑賞
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翌日、こちらとあちらの下衆たちの間から事が起こって、ひどい騒ぎがいろいろとある。人は作者のほうに味方して気の毒そうな様子であるが、作者はすべて近づきたくもないことだと思う。悔しいなどと思ううちに、家移りということをなさることがあって、作者は少し離れた所へ移った。すると兼家はわざわざきらきらしく、一日おきなどに通ってくる。それにつけても、やはりこうしているのがよかったのだ、家に錦を着てとも言うのだからと思い、故郷へも帰りたいと思う。三月三日の節句の物を用意したのに、人がいなくて物足りないというので、こちらの人々が、あちらの侍にこう書いて送るのがあった。戯れである。すると、すぐに連れ立ってやって来た。降ろして出し、酒を飲みなどして一日を過ごした。
作者は藤原倫寧の娘。兼家は藤原師輔の三男で、のちに摂政関白太政大臣に至る。こゝの人々とは作者の家に仕える女房たち、かしこの侍とは兼家方に仕える侍たちで、原文はいずれも人名を記さない。
安和二年三月三日のことで、場所は作者が移り住んだ家である。
節句の支度をしたものの、人がいなくて物足りないというので、こちらの女房たちがあちらの侍たちに戯れに書いて送った歌である。
これを受けて侍たちはすぐに連れ立ってやって来た。用意の物を出し、酒を飲みなどして一日を過ごした。
初句の「もゝの花」は上巳の節句に飾る桃で、季節と行事とを一語で示す。二句の「すき物ども」は風流を好む者たち、また好色な者たちの意で、招こうとしている侍たちをさす。三句の「さいわう」は西王母のことで、三千年に一度実る桃を持つという仙女である。桃の花から西王母を導く運びは、上巻の「みちとせをみつべきみには年每にすくにもあらぬ花と知らせむ」でも用いられた故事によっており、節句の花を詠むときの定石にあたる。四句の「そのわたりまで」は、そのあたりまで、の意で、桃のある所、すなわち仙女のいる遠い所という誇張になる。結句の「尋ねにぞやる」は「ぞ」の結びで、探しにやるのだ、と言い切る。人が足りずに物足りないという実情を、桃を求めて仙境まで人を遣るという壮大な言い方に仕立てており、地の文が戯れであると断るとおり、招きの口実をわざと大げさに飾ってみせた一首である。
西王母(さいわうぼ):三千年に一度実る桃を持つという仙女。
すき物:風流を好む者。好色な者。
節供(せく):節日に供える物。節句。
- 出典
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蜻蛉日記
- その他の歌
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