降る雪につもる年をばよをへつゝ
消えむごもなき身をぞ恨むる
- 歌の意味
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降る雪に積もる年を、世を経ながら、消える時期もない我が身を恨むことだ。
- 鑑賞
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こうしてつまらないことに、しかも多くの数まで強いて屏風歌を作らされ、これらのうち、いざり火と群千鳥との歌が採られたと聞く。不快に思いなどしているうちに秋は暮れて冬になった。何ということもないけれど事の騒がしい心地がして過ごすうち、霜月に雪がたいそう深く積もった。どうしたことであったのか、どうにもやりきれず、身の上が心憂く、つらく悲しく思われる日がある。つくづくと物思いに沈んで思ったことを、そのまま歌に詠んだ。そう思ううちに年も改まり、天禄元年になったのだった。
作者は藤原倫寧の娘。屏風歌は前段からの続きで、小一条の左大臣の御賀のために強いられたものである。
安和二年霜月のことで、場所は作者の住まいである。
雪がたいそう深く積もった日、どうしたことか、どうにもやりきれず、身の上が心憂く、つらく悲しく思われて、つくづくと物思いに沈むうちに浮かんだ歌である。
誰かに贈られたものではなく、心のうちにとどまった。そう思ううちに年も改まり、天禄元年になる。
初句の「降る雪に」で目の前の景を立て、二句の「つもる年をば」へ渡す。雪が積もることと年が積もることとを同じ動詞で受けるのがこの歌の骨格であり、目の前に降り積もる雪が、そのまま重ねてきた年月に見えてくる。三句の「よをへつゝ」の「ふ」は、経る意であるが、初句の「降る」と同じ音を持ち、降ることと経ることとが一首のうちで呼び合う。四句の「消えむご」の「ご」は期、すなわち定めの時のことで、雪ならばやがて消える時が来るのに、我が身にはその時がない、という対比になる。雪は積もっても消えるが、年は積もるばかりで消えず、身も消えない。結句の「身をぞ恨むる」は「ぞ」の結びで、恨む対象が相手ではなく自分自身であることを言い切る。上巻以来、恨みは多く兼家に向けられてきたが、ここでは消えることのできない我が身そのものへ向いており、雪という消えるものを前に置いたことで、その転換がいっそう際立つ。
ふる:「降る」に「経る」を掛ける。
つもる:雪が積もる。年月が積もる。
ご(期):時期。定めの時。
- 作者
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藤原道綱母
- 出典
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蜻蛉日記
- その他の歌
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