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さゝがにの今はと限るすぢにても
かくてはしばし絕えじとぞ思ふ

歌の意味
蜘蛛の糸の、今はもうこれまでと限られる筋であっても、こうしてしばらくは絶えまいと思う。
鑑賞
 貞観殿の御方は一昨年、内侍のかみにおなりになった。不思議とこうした身の上のことをもお尋ねくださらないのは、兼家との、あってはならない仲たがいが起こったので、こちらをも疎ましくお思いなのだろうか。これほど度外れなことになっているのもご存じないままではと思って、御文を差し上げるついでに歌を添えた。御返事は、あれこれとたいそう哀れに多くおっしゃったうえで、歌があった。
 作者は藤原倫寧の娘。貞観殿の御方は兼家の姉妹にあたる人で、一昨年、内侍のかみになった。原文は人名を記さない。さるまじき御中とあるのは、兼家と作者との間柄をさす。
 天禄元年の秋のことで、場所は作者の住まいと貞観殿の御方の御所である。
 こうした身の上のことをもお尋ねくださらないのは、兼家との仲たがいゆえにこちらをも疎ましくお思いなのだろうかと思い、これほど度外れなことになっているのもご存じないままではと考えて、御文を差し上げるついでに添えた歌である。
 御返事はあれこれとたいそう哀れに多くおっしゃったうえで、「絕えきとも聞くぞ悲しき年月をいかにかけこしくもならなくに」とあった。

 初句の「さゝがに」は蜘蛛、またその糸のことで、細く頼りない縁のたとえとして用いられる。上巻の「吹く風につけてもとはむさゝがにの通ひしみちは空に絕ゆとも」でも、離れた者どうしの便りを蜘蛛の糸に託していた。二句の「今はと限る」は、もうこれまでと限りをつける、の意で、兼家との仲が終わりに来ていることをさす。三句の「すぢ」は糸の筋であるとともに、人と人とのつながりの筋を意味し、この一語が景と心とを兼ねる。四句の「かくては」は、こうしていても、の意で、たとえ夫との縁が切れても、という含みを持つ。結句の「絕えじとぞ思ふ」は「ぞ」の結びで、この御方との文のやりとりだけは絶やすまいと言い切る。夫の姉妹という間柄であるから、夫婦の縁が切れれば自然に遠のいてしまう関係であり、その細さを蜘蛛の糸に見立てたうえで、それでもつなぎとめたいと願う形になっている。

さゝがに:蜘蛛。また蜘蛛の糸。
すぢ:糸筋。転じて、人と人とのつながり。
内侍のかみ(ないしのかみ):後宮の職の一つ、尚侍。
作者
藤原道綱母
出典
蜻蛉日記
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