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うちはらふ塵のみ積るさむしろを
なげく敷にはしかじとぞおもふ

歌の意味
払っても塵ばかりが積もる狭筵も、嘆きを敷くことには及ぶまいと思う。
鑑賞
 二月も十日あまりになった。噂に聞く所へ十日あまりも通っていると、人はさまざまに言う。所在なく過ごすうちに彼岸に入ったので、やはりこうしている夜には精進をしようと思って、上筵を、ただの筵の清いのに敷き替えさせると、塵を払いなどするのを見るにつけても、こうしたことは思いもかけなかったものを、などと思うので、たまらなくなって歌が浮かんだ。
 作者は藤原倫寧の娘。彼岸は春分の日を中日とする七日間の仏事で、精進を始めるにふさわしい時期とされる。上筵は畳などの上に重ねて敷く筵である。
 天禄二年二月十日過ぎのことで、場所は作者の住まいである。
 彼岸に入ったので、こうしている夜にはやはり精進をしようと思い、上筵をただの筵の清いものに敷き替えさせた。塵を払いなどするのを見るにつけても、こうしたことは思いもかけなかったものをと思われて、たまらなくなって浮かんだ歌である。
 このあと作者は、そのまま長精進をして山寺に籠ろうかとまで思い立つが、周囲に止められて翌月を待つことになる。

 初句の「うちはらふ」は塵を払うことで、目の前で行われている支度の所作をそのまま歌の入口に据える。二句の「塵のみ積る」は、払っても塵ばかりが積もる、の意で、掃いても掃いても積もるという実際の様子をいう。三句の「さむしろ」は狭い筵、すなわち敷物のことで、精進のために敷き替えさせたその物をさす。四句の「なげく敷」は嘆きを敷くこと、すなわち嘆きを身の下に敷いて過ごすことで、筵の縁からこの言い方が出る。結句の「しかじとぞおもふ」の「しく」は、敷く意と、及ぶ意との掛詞で、この一語が歌の要にあたる。塵の積もる筵も、嘆きを敷き重ねることには及ぶまい、という比較の形になり、塵と嘆きとがどちらも積もるものとして並べられる。上巻の「絕えぬるか影だにあらば問ふべきをかたみの水はみくさゐにけり」でも、放置された水の塵から仲の絶えを読み取っていた。積もる塵を我が身の嘆きに重ねる見方は、この日記に繰り返しあらわれる。

さむしろ:狭い筵。敷物。
しく:「敷く」に「及く」を掛ける。
彼岸(ひがん):春分の日を中日とする七日間の仏事。
作者
藤原道綱母
出典
蜻蛉日記
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