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世の中にある我が身かはわびぬれば
更にあやめも知られざりけり

歌の意味
世の中に生きている我が身であろうか。つらく思うので、まったく文目も、菖蒲のことも分からなくなってしまった。
鑑賞
 三月の末になった。たいそう所在ないので、忌みも違えがてら、しばらくよそへと思って、県ありきの所へ移る。差し障りのあったことも平らかになったので、長精進を始めようと思い立って、物を取りしたためなどするうちに、兼家から文があったが、月も見ないのに、とだけ返しておいた。四月一日、幼い人を呼んで、長精進を始める、一緒にせよ、とあったので始めた。自分は初めからものものしくはせず、ただ土器に香をうち盛って脇息の上に置き、そのまま寄りかかって仏を念じ申し上げる。その心ばえは、ただこのうえなく幸いのなかった身である、年ごろでさえ世に心のゆるむことなくつらいと思ってきたのに、まして今はこんなに情けなくなってしまった、早く死なせてくださって菩提をかなえさせてください、というのであった。行うにつれて涙がほろほろとこぼれる。二十日ほど行っていると、不思議な夢を二度まで見た。五月になった。我が家に留まっている人のもとから、おいでにならなくても菖蒲を葺かないでは縁起が悪いでしょうに、どういたしましょう、と言ってきた。いや、何が縁起の悪いことがあろうか、と思って歌が浮かんだけれど、言い送るのにしかるべき人がないので、心に思うまま暮れてしまった。
 作者は藤原倫寧の娘。県ありきの所は作者の父倫寧の家で、受領として地方を歴任したことによる呼び名である。幼き人は作者の子の藤原道綱。菖蒲を葺くのは五月五日に邪気を払うために屋根へ菖蒲を差す習わしである。
 天禄二年五月のことで、場所は作者が移り住んだ県ありきの所である。
 我が家に留まっている人のもとから、おいでにならなくても菖蒲を葺かないでは縁起が悪いでしょうに、どういたしましょう、と言ってきた。いや、何が縁起の悪いことがあろうか、と思って浮かんだ歌である。
 地の文は、言い送りたかったけれど、しかるべき人がいないので心に思ううちに日が暮れた、と記す。この歌も贈られずに終わった。

 初句から二句の「世の中にある我が身かは」の「かは」は反語で、世の中に生きている我が身といえようか、いやそうではない、という含みになる。留守宅から届いた、縁起が悪いという言葉に対し、そもそも生きているうちに入らない身なのだから縁起もないという返し方である。三句の「わびぬれば」は、つらく思うので、の意で理由を示す。四句の「更にあやめも」の「あやめ」は菖蒲であるとともに文目、すなわち物の道理や区別を意味する語で、この一語が歌の要にあたる。菖蒲を葺くかどうかという問いに、菖蒲も文目も分からないと答えることで、問いそのものを引き取ってしまう形になる。上巻の「隱れぬに生ふる數をば誰か知るあやめ知らずも待たるなるかな」でも兼家が同じ掛詞を用いており、あちらが座興の戯れであったのに対し、こちらは判断する気力すら失った述懐になっている。結句の「知られざりけり」は自発で、知ろうとしても知られないという心の動かなさを示す。

あやめ:「菖蒲」に「文目」すなわち物の道理を掛ける。
葺く(ふく):五月五日に邪気を払うため、菖蒲を屋根に差す。
わぶ:つらく思う。心細く思う。
作者
藤原道綱母
出典
蜻蛉日記
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