袖ひづる時をだにこそなげきしか
身さへ時雨のふりも行くかな
- 歌の意味
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袖が濡れる、そのときだけでも嘆いていたのに、我が身までもが時雨のように古りゆくことよ。
- 鑑賞
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九月の末、時雨の降る日に、侍女が、初瀬へお忍びで出かけてはいかがですか、と言う。作者は、春になったら出かけましょう、けれどもそれまで、このようにつらい身で命があるかしら、と答えて歌を詠んだ。
作者は藤原倫寧の娘。初瀬は大和の長谷寺で、この年すでに一度詣でている。時雨は初冬に降ったりやんだりする雨である。
天禄二年九月の末、時雨の降る日のことで、場所は作者の住まいである。
侍女が、初瀬へお忍びで出かけてはいかがですか、と言うので、春になったら出かけましょう、けれどもそれまでこのようにつらい身で命があるかしら、と答えて詠まれた歌である。
この歌ののち、霜の日の嘆きを経て、十二月の時雨の日の贈答へと移っていく。
初句の「袖ひづる」は袖が濡れる、の意で、涙に濡れることをいう。二句の「時をだにこそ」は、そのときだけでも、の意で、「だに」が最小限を、「こそ」が強めを添え、涙で袖の濡れる折々を嘆くだけでも十分につらかった、という意味になる。三句の「なげきしか」は「こそ」の結び。四句の「身さへ」の「さへ」は添加で、袖ばかりか我が身までも、と重ねる。「時雨」は初冬に降ったりやんだりする雨で、その日の実景であるとともに、涙の比喩としても働く。結句の「ふりも行くかな」の「ふる」は雨が降る意と、年を経て古びる意との掛詞で、この一語が歌の要にあたる。時雨が降り続くのと同じように、我が身も古びてゆく、という言い方になる。初瀬へ出かけてはどうかという侍女の勧めに対し、春まで命があるかどうかという返事を歌にしたものであり、時雨という季節の雨に、残り少ない時間の感覚が託されている。上巻の「消えかへる露もまだひぬ袖の上に今朝はしぐるゝ空もわりなし」でも袖の涙と空の時雨とが重ねられており、同じ取り合わせが年を経て再び現れている。
ひづ:濡れる。水に浸る。
ふる:「降る」に「古る」を掛ける。
時雨(しぐれ):初冬に降ったりやんだりする雨。
- 作者
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藤原道綱母
- 出典
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蜻蛉日記
- その他の歌
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