わびて又とくと騷げどかひなくて
程經る物はかくこそありけれ
- 歌の意味
-
困り果てて、また早くと騒ぐけれども甲斐がなくて、時を経るものはこうしたものであったのだ。
- 鑑賞
-
正月十四日、兼家が、古くなった袍を仕立て直してほしいと言ってきた。そのままにしていると、翌朝、催促の使者を立てて歌を詠んでよこす。作者が手紙を付けずに仕立て直した物だけを送ると、兼家は、品だけで手紙もないとは素直でない、と言う。そこで作者が歌を詠んだ。
作者は藤原倫寧の娘。兼家は藤原師輔の三男で、のちに摂政関白太政大臣に至る。袍は束帯の上着で、位によって色が定まる。上巻にも、兼家が装束の仕立てを頼んでよこし、作者の側がそのまま返した場面がある。
天禄三年正月十五日のことで、場所は作者の住まいである。
仕立て直した袍を、手紙を付けずに品だけ送ったところ、兼家が、品だけで手紙もないとは素直でない、と言った。それに応えて詠んだ歌である。
この贈答ののち、兼家は大納言となり、夢解きによって将来が暗示される場面へと移っていく。
初句の「わびて」は、困り果てて、の意で、催促されて弱った側の心をまず置く。二句の「又とくと騷げど」の「とく」は早くの意であるが、衣を解く意をも掛けており、仕立て直しという実際の作業がその一語に入っている。急げと騒ぐことと、衣を解いて縫い直すこととが重なる仕掛けである。三句の「かひなくて」は甲斐がなくて、の意で、急いだところで思うようにならないことをいう。四句の「程經る物」の「ふる」は、時を経る意と古びる意との掛詞で、日数のかかることと、袍が古びていることとを同時に言う。結句の「かくこそありけれ」は「こそ」の結びで、こうしたものであったのだと気づく調子で結ぶ。表向きは仕立てが遅れた言い訳であるが、時が経てば古びるのは衣にかぎらないという含みが働き、返事もよこさないという相手の言い分に対して、古びてゆく仲そのものを言い返す形になっている。用件の歌に恨みを一筋だけ通す作りである。
とく:「疾く」に、衣を「解く」意を掛ける。
ふる:「経る」に「古る」を掛ける。
かひ:効き目。甲斐。
- 作者
-
藤原道綱母
- 出典
-
蜻蛉日記
- その他の歌
-