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關越えて旅寐なりつるくさまくら
かりそめにはたおもほえぬかな

歌の意味
関を越えて旅寝となった草枕。かりそめのこととは、また思われないことよ。
鑑賞
 子が道綱ひとりでは心細いので、養女が欲しいと知人に相談すると、兼家と源兼忠の女との間に、かわいらしい十二三歳の娘がいるという。その娘を養女に引き取ることになった。その兼家と兼忠の女とが、かつて交わした歌が伝えられている。まず兼家が詠み、女が応じ、さらにしばらくして、兼家の返歌に対して女がもう一首を詠んだ。
 作者は藤原倫寧の娘。兼家は藤原師輔の三男で、のちに摂政関白太政大臣に至る。娘の母は源兼忠の女とされるが、原文は人名を記さない。養女として迎えられた娘は十二三歳であった。
 天禄三年、養女を迎えることになったころのことで、場所は原文に明示されない。
 子が道綱ひとりでは心細いので養女を迎えることになり、その娘の母と兼家とがかつて交わした歌として伝えられているものの一首目である。
 これに対して娘の母が「おぼつかな我にもあらぬ草まくらまだこそ知らねかゝる旅寐は」と応じた。

 初句の「關越えて」は関所を越えて、の意で、旅の道行きを示す。二句の「旅寐なりつる」は、旅寝となった、の意で、旅先で夜を過ごしたことをいう。三句の「くさまくら」は草を結んで枕とすることから旅寝をあらわす語で、旅にかかる語としても用いられ、二句の内容をもう一度言い直す形になる。四句の「かりそめに」は一時のこと、その場かぎりのことの意であるが、「かり」の音が草の縁で刈るを響かせ、草枕の語と結びつく。結句の「はたおもほえぬかな」は、また思われないことよ、の意で、一夜かぎりのこととは思えないという心を詠嘆で結ぶ。旅寝という一時の宿りを、そのまま一夜かぎりの逢瀬に重ね、それがかりそめとは思えないと言うことで、女への思いの深さを告げる形になる。養女を迎える経緯として引かれた古い贈答であり、この日記が兼家の別の女とのやりとりまで書きとどめている点に、下巻の記述の幅が見てとれる。

草枕:草を結んで枕とすること。旅寝をいう。
かりそめ:一時的なこと。「刈り」を響かせる。
關(せき):国境などに置かれた関所。
作者
藤原兼家
出典
蜻蛉日記
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