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引きつらむ袂は知らずあやめ草
あやなき袖にかけずもあらなむ

歌の意味
引いたという袂のことは存じません。菖蒲草を、あやなき袖に掛けないでいてほしいのです。
鑑賞
 五月になった。作者が菖蒲を取り寄せ、糸を通して薬玉をこしらえ、あの方の姫君に差し上げよと言って道綱に託し、歌を添えた。それに応えて母君から返しがあった。道綱はもう一つ薬玉を用意して、例の女性に対して詠み贈り、女性が返した。
 作者は藤原倫寧の娘。道綱は作者の子で、この年十八歳。薬玉を差し上げた姫君も、返しを詠んだその母君も、原文は人名を記さない。例の女性は大和だつ人と呼ばれる人で、これも人名は記されない。薬玉は五月五日に邪気を払うために飾る飾り物で、菖蒲や蓬を糸で結び束ねて作る。
 天禄三年五月のことで、場所は三輪の山本にある女性の家である。
 袖を濡らしたので袂に掛けて乾かしてほしい、と詠み贈ってきた道綱の歌に対する返しである。
 この贈答ののち、石山の祈りをはさんで、六月のそばの紅葉の贈答へと移っていく。

 相手の「引く」「袂」「あやめ草」をそのまま受けて返している。初句の「引きつらむ」は、引いたのであろう、の意で、相手が菖蒲を引いたと言ってきたのを伝聞のように扱う。二句の「袂は知らず」は、その袂のことは存じません、と突き放す形で、濡れた袖の話には関わらないという構えを示す。三句の「あやめ草」で贈り物を置き直し、四句の「あやなき袖」へ渡す。「あやなき」は筋道が立たない、わけが分からない、の意で、あやめの音を受けて置かれた語である。あやめ草とあやなしとを音で重ねる仕掛けがこの歌の要にあたり、道理に合わない話だという判断を、贈り物の名そのものから引き出している。結句の「かけずもあらなむ」の「なむ」は他に対する願望で、掛けないでいてほしい、と願う形になる。断りの歌でありながら、相手の用いた語を一つも捨てずに組み替えており、三輪の山の贈答と同じく、拒みながら歌の作法は保っている。

たもと:袖。
あやめ:菖蒲。「あやなし」の音を響かせる。
なむ:他に対する願望をあらわす。〜してほしい。
出典
蜻蛉日記
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