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夢ばかり見てしばかりに惑ひつゝ
明くるぞ遲きあまの戶ざしは

歌の意味
夢ほどにちらと見たばかりに惑い続けて、明けるのが遅いことよ、天の戸ざしは。
鑑賞
 盆のころの嘆きがあり、死のさとしを得て沈黙する日々が続く。八月も過ぎて、道綱は、例の女性からの返事がどれも自筆のものとは思えず、恨みながら歌を詠み贈った。女性は白い紙に書いて返し、道綱がさらに返す。以後、返事の来ないたびに道綱が詠み贈る歌が続く。
 作者は藤原倫寧の娘。道綱は作者の子。例の女性は大和だつ人と呼ばれる人で、原文は人名を記さない。当時、女の返事は側の者が代わって書くことも多く、自筆であるかどうかは相手の心のほどを測る手がかりとされた。
 天禄三年八月も過ぎたころのことで、場所は三輪の山本にある女性の家である。
 布留の社の歌にも返事がなく、女性は、今日明日は物忌ですと言った。その物忌が明けたと思う朝早くに詠み贈った歌である。
 それでも女性はあれこれ言い訳をして返事をくれず、道綱は「さもこそは葛城山になれたらめ唯ひとことやかぎりなりける」と詠み贈ることになる。

 初句の「夢ばかり」は、夢ほどのわずかな間、の意で、ちらと見ただけであったことをいう。二句の「見てしばかりに」は、見てしまったばかりに、の意で、一目見たことがすべての始まりであったと言う。三句の「惑ひつゝ」は、思い惑い続けて、の意。四句の「明くるぞ遲き」は、明けるのが遅い、の意で、「ぞ」が結句を導く。結句の「あまの戶ざし」は天の岩戸の戸締りのことで、閉ざされて開かない戸の代表として持ち出される。物忌みのために戸を閉ざして返事をよこさない相手の家を、その岩戸になぞらえている。物忌みが明けるという言い方と、夜が明けるという言い方とが「明く」の一語で重なり、待ちわびる時間の長さがそのまま言いあらわされる。上巻の「歎きつゝ一人ぬる夜の明くるまはいかに久しきものとかは知る」でも、夜が明けることと戸が開くこととが一語に重ねられており、閉ざされた戸を前にして明くるを詠むという型が、母から子へ受け継がれた形になっている。

あまの戸ざし:天の岩戸の戸締り。閉ざされて開かない戸をいう。
夢ばかり:夢ほどのわずかな間。
物忌(ものいみ):一定の期間、身を慎んで家に籠ること。
作者
藤原道綱
出典
蜻蛉日記
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