したからむ程をもしらずまこも草
世に生ひそめじ人はかるとても
- 歌の意味
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下を刈られる時分も知らないまこも草は、けっして世に生い初めますまい。人が刈るといっても。
- 鑑賞
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三月になった。道綱は相変わらず例の女性と文をやりとりしているが、そのさまがいかにも不慣れである。そこで作者が、女性に結婚の意思があるかどうかを確かめようとして、自ら歌を詠み送った。女性がそれに応えて返した。
作者は藤原倫寧の娘。道綱は作者の子で、この年十九歳。例の女性は大和だつ人と呼ばれる人で、原文は人名を記さない。まこも草は水辺に生える真菰で、中巻でも作者が兼家の行方を問うた歌に用いられている。
天延元年三月のことで、場所は三輪の山本にある女性の家である。
菖蒲草の下を刈るように下心を確かめようと詠み送ってきた作者の歌に対する返しである。
この贈答ののち、近くの火事などをはさんで、五月の郭公と菖蒲草の贈答へと移っていく。
相手の「したかる」をそのまま受けて返している。初句の「したからむ程」は、下を刈られるその時分、の意で、相手の用いた語をそのまま置き直す。二句の「をもしらず」は、それも知らない、の意で、下を刈られるときが来ることさえ知らない、という状態をいう。三句の「まこも草」は水辺に生える真菰で、相手の菖蒲草を別の水草に取り替えて返している。この草は中巻でも、作者が兼家の行方を問うた「底にさへかるといふなるまこも草いかなるさはに根をとゞむらむ」に用いられており、水草に人の身の上を託す型がここでも働く。四句の「世に生ひそめじ」は、けっして世に生い初めはしない、の意で、「じ」が強い打消の意志をあらわす。結句の「人はかるとても」は、人が刈るといっても、の意で、「かる」に刈ると離るとが響き合う。刈られる時分も知らない草は世に出ることもない、という言い方によって、結婚の意思はないと婉曲に答える形になっている。相手が下を刈って確かめようと言ったのに対し、刈られる側の草の立場から答えており、水草をめぐる語のうちで終始している。
まこも草:水辺に生える真菰。
おひそむ:生え始める。世に出る意にも通じる。
かる:「刈る」に「離る」を響かせる。
- 出典
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蜻蛉日記
- その他の歌
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