流れてのとことたのみてこしかども
我が中川はあせにけらしも
- 歌の意味
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流れ続ける床と頼みにして来たけれど、我が中川は浅せてしまったらしい。
- 鑑賞
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八月の下旬、作者は兼家に告げずに広幡の中川へ転居した。九月のある朝、家の内にも外にも川の霧が立ちこめるのを見て、もの悲しく思われて詠んだ歌である。
作者は藤原倫寧の娘。広幡の中川は京の東を流れる川の名で、その近くに移り住んだことによる呼び名である。兼家は藤原師輔の三男で、のちに摂政関白太政大臣に至る。
天延元年九月のある朝のことで、場所は広幡の中川に移った作者の新しい住まいである。
八月の下旬、作者は兼家に告げずに広幡の中川へ転居した。九月のある朝、家の内にも外にも川の霧が立ちこめるのを見て、もの悲しく思われて詠んだ歌である。
誰かに贈られたものではなく、心のうちにとどまった。このあと、稲刈りの季節を迎えた中川での暮らしが記されてゆく。
初句の「流れての」は、流れ続けて、の意で、川の水が絶えず流れることをいう。二句の「とこ」は川床であるとともに、常しえの意の「常」と、寝床の意の「床」とを兼ねた語で、この一語が歌の要にあたる。絶えず流れる川床を頼みにするという景が、変わらぬ仲を頼みにするという心に重なり、さらに寝床の意が加わることで、夫婦の仲そのものが指されることになる。三句の「たのみてこしかども」は、頼みにして来たけれど、の意の逆接で、下の句へ渡す。四句の「我が中川」は移り住んだ土地の名であるが、「なか」に仲を掛けており、我が中川はすなわち我らの仲となる。結句の「あせにけらしも」の「あす」は水が浅くなる意と、色があせる意とを兼ね、川の水が減ったという景に、仲が衰えたという意が重なる。転居した土地の名がそのまま歌の要になる仕立てであり、告げずに移ったという事情を思えば、絶え間の長さを自ら確かめる歌でもある。
とこ:川の「床」に「常」「床」を掛ける。
なか川:地名の「中川」に「仲」を掛ける。
あす:水が浅くなる。色があせる。
- 作者
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藤原道綱母
- 出典
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蜻蛉日記
- その他の歌
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