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冬ごもり雪にまどひしをり過ぎて
今日ぞ垣根のうめを尋ぬる

歌の意味
冬ごもりして雪に惑った折も過ぎて、今日こそ垣根の梅を尋ねるのです。
鑑賞
 霜月に父倫寧の所で出産のことがあったが、そのままになってしまっていた。今ごろは五十日の祝いにあたると思うので、しきたりのとおり白ずくめに仕立てた籠を梅の枝に付け、歌を添えて届けた。それに対して父の方から、祝儀の薄紅の袿とともに歌が贈られてきた。
 作者は藤原倫寧の娘。倫寧は作者の父で、受領として地方を歴任した。五十日の祝いは、生まれた子の五十日目に餅を含ませて祝う行事である。産養に贈る品は白ずくめに調えるのが習いであった。
 霜月の出産から五十日にあたるころのことで、場所は作者の住まいと父倫寧の家である。
 霜月に父倫寧の所で出産のことがあったが、そのままになってしまっていた。今ごろは五十日の祝いにあたると思うので、しきたりのとおり白ずくめに仕立てた籠を梅の枝に付け、それに添えて贈った歌である。
 これに対して父倫寧の方から、祝儀の薄紅の袿とともに「枝若み雪まに咲ける初花はいかにとゝふに匂ひますかな」という歌が贈られてきた。

 初句の「冬ごもり」は冬のあいだ家に籠ること。二句の「雪にまどひし」は、雪に行き惑った、の意で、祝いが遅れた言い訳を、雪に閉ざされていたためだと述べる形になる。三句の「をり過ぎて」は、その折が過ぎて、の意。四句の「今日ぞ」は、今日こそ、の意で、「ぞ」が結句を導き、五十日の祝いにあたる今日という日を強く示す。結句の「垣根のうめを尋ぬる」の「うめ」は梅であるが、生まれた子を祝う場であるから、生むという語の音も響く。実際に梅の枝に籠を付けて贈っているので、贈り物の姿がそのまま歌に入っている。冬から春への季節の移りが、そのまま子の誕生から五十日という時の経過に重なり、雪の間に花が咲くという景が、祝いの心にかなうものになっている。遅れた祝いを詫びる言葉を、季節のせいに転じて述べる運びであり、身内への贈り物に添える歌としてよく整っている。

五十日(いか)の祝ひ:生後五十日目に餅を含ませて祝う行事。
うめ:梅。「生め」の音を響かせる。
冬ごもり:冬のあいだ家に籠ること。
作者
藤原道綱母
出典
蜻蛉日記
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