もろ聲に鳴くべきものを鶯は
むつきともまだ知らずやあるらむ
- 歌の意味
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声を合わせて鳴くはずのものを、鶯は、睦月ともまだ知らずにいるのだろうか。
- 鑑賞
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正月十五日には地震があった。外のほうを見ると月が美しく照り、山は一面に霞に包まれている。一方、兼家は昨年の八月から姿を見せなくなり、そのまま空しく正月になってしまったので、涙がとどめなくこぼれ落ちてきて、歌を詠んだ。
作者は藤原倫寧の娘。兼家は藤原師輔の三男で、のちに摂政関白太政大臣に至る。前年の八月に作者が広幡中川へ転居して以来、訪れが絶えたままである。鶯は春を告げる鳥で、正月に鳴くことが待たれた。
天延二年正月十五日の夜のことで、場所は広幡中川の作者の住まいである。
この日、地震があった。外を見ると月が美しく照り、山は一面に霞に包まれている。兼家は前年の八月から姿を見せず、そのまま空しく正月になってしまったので、涙がとどめなくこぼれ落ちてきて詠んだ歌である。
誰かに贈られたものではなく、心のうちにとどまった。このあと道綱が右馬助となり、春の物詣での場面へと移っていく。
初句の「もろ聲に」は、声をそろえて、の意で、二つの声が合わさることをいう。二句の「鳴くべきものを」の「なく」は鳥が鳴く意と人が泣く意との掛詞で、この一語が歌の要にあたる。鶯と声を合わせて鳴くはずだ、という表向きの意に、声を合わせて泣くはずの相手がいない、という嘆きが重なる。「ものを」は逆接で、そうあるべきなのに、と続ける。三句の「鶯は」で主語を鳥に定め、四句の「むつき」へ渡す。睦月すなわち正月の名であるが、睦ぶという語を含むことから、睦み合うべき月という意が生じる。訪れの絶えたまま迎えた正月であるだけに、この一語が効いている。結句の「まだ知らずやあるらむ」は推量で、まだ知らずにいるのだろうか、と鳥に問いかけて結ぶ。鳴かない鶯を、正月が来たことを知らないのだろうと言いなすことで、自分もまた睦月らしい睦みを知らないままであることが言外に置かれる。地震のあった夜の景に、月と霞という美しいものを並べたうえで、この一首が置かれている。
なく:鳥が「鳴く」に、人が「泣く」を掛ける。
むつき:「睦月」に「睦ぶ」を響かせる。
もろ聲:声をそろえること。
- 作者
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藤原道綱母
- 出典
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蜻蛉日記
- その他の歌
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