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春雨にぬれたる花の枝よりも
人知れぬ身のそでぞわりなき

歌の意味
春雨に濡れた花の枝よりも、人知れぬ我が身の袖こそ、どうしようもなく濡れている。
鑑賞
 右馬頭が道綱に託して、作者のもとへ、養女を妻に迎えたいという手紙を書いてよこした。その手紙に詠まれていた歌である。
 作者は藤原倫寧の娘。右馬頭と呼ばれるのは兼家の弟にあたる人で、原文は官職名のみを記して人名を挙げない。底本の傍注は藤原遠度とする。養女は前年に迎えた娘で、兼家の子にあたる。道綱は作者の子で、この年二十歳。
 天延二年の春のことで、場所は作者の住まいと右馬頭のもとである。
 右馬頭が道綱に託して、作者のもとへ、養女を妻に迎えたいという手紙を書いてよこした。その手紙に詠まれていた歌である。
 このあと兼家の思いがけない言葉があり、右馬頭が突然に訪れて初めて対面する場面などを経て、四月の催促の贈答へと移っていく。

 初句の「春雨に」で季節を定め、二句の「ぬれたる花の枝」へ渡す。春雨に濡れた花の枝は、しっとりと美しいものとして詠まれる景であるが、ここでは比較の一方に置かれるだけで、主眼は下の句にある。三句の「よりも」で比較の形を立てる。四句の「人知れぬ身」は、人に知られない我が身、の意で、思いを打ち明けられずにいる立場をいう。五句の「そでぞわりなき」の「わりなし」は、どうしようもない、道理に合わない、の意で、「ぞ」の結びが強める。袖が濡れるのは涙によるのであるから、春雨に濡れた枝と、涙に濡れた袖とが、濡れるという一点で並べられる形になる。求婚の第一便に添えられた歌として、自分の思いの深さを訴える型どおりの作りであり、花の枝という美しいものを引き合いに出しながら、それより自分の袖のほうが濡れていると言うことで、控えめな誇張に収めている。上巻で兼家が作者に贈った最初の歌が、取次も置かず求婚の意を直に告げるものであったのと比べると、こちらは景を一つ立ててから身の上を言う分だけ、手順を踏んだ詠みぶりになっている。

春雨(はるさめ):春に降る細かい雨。
わりなし:道理に合わない。どうしようもない。
人知れぬ:人に知られない。心のうちに秘めた。
出典
蜻蛉日記
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