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契りおきし卯月はいかに時鳥
我が身のうきにかけ離れつゝ

歌の意味
約束しておいた卯月はどうなるのだろう。時鳥よ。我が身のつらさに、かけ離れてばかりで。
鑑賞
 四月になった。右馬頭は求婚を催促しにたびたび訪れ、硯と紙を求めて、四月のうちにどうにかと歌を詠む。作者はそれに応えて返した。
 作者は藤原倫寧の娘。右馬頭と呼ばれるのは兼家の弟にあたる人で、原文は官職名のみを記す。底本の傍注は藤原遠度とする。時鳥は夏の初めに鳴く鳥で、卯月に待たれる。花橘は昔を思い出させる花とされ、時鳥の縁の語でもある。
 天延二年四月のことで、場所は作者の住まいである。
 右馬頭は求婚を催促しにたびたび訪れ、硯と紙を求めて、四月のうちにどうにかと詠んだ歌である。
 これに対して作者が「なほ忍べ花橘の枝やなきあふひ過ぎぬる卯月なれども」と返した。

 初句の「契りおきし」は、約束しておいた、の意で、四月のうちにという先の取り決めをさす。二句の「卯月はいかに」は、その四月はどうなるのか、の意で、期限が迫っていることを言い立てる。三句の「時鳥」は卯月に鳴く鳥で、待たれるものの代表として置かれる。ここでは相手の返事、また待ち望む縁組そのものをたとえる。四句の「我が身のうきに」は、我が身のつらさによって、の意で、事が進まないのは自分の不運のせいだと言いなす。結句の「かけ離れつゝ」は、遠く離れてばかりで、の意で、時鳥が近づかないことと、縁組が遠のくこととが重なる。催促の用件を歌にするにあたり、時鳥という季節の鳥を立てて、待つ者の姿を借りている。硯と紙を求めてその場で書いたと地の文が記すとおり、詰め寄る調子が語のうちにも出ており、上巻で兼家が袍の仕立てを催促した歌が、用件をそのまま結句に置いたのと似た構えである。

卯月(うづき):四月。
時鳥(ほととぎす):夏の初めに鳴く鳥。卯月に待たれる。
かけ離る:遠く離れる。
出典
蜻蛉日記
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