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今更にいかなるこまかなつくべき
すさめぬ草とのがれせぬ身を

歌の意味
今さら、どんな駒が懐いてくれようか。見向きもされない草だとして、逃れることもできない我が身を。
鑑賞
 右馬頭から何度も、兼家様に催促してくださいと言ってくる。そこで作者が兼家に、どうすればよいでしょうかと相談すると、ちやほやともてなしていると世間の人は噂しているようだ、などと答える。それに対して作者が詠んだ歌である。
 作者は藤原倫寧の娘。兼家は藤原師輔の三男で、のちに摂政関白太政大臣に至る。右馬頭は兼家の弟にあたる人で、原文は官職名で呼ぶのみで人名を記さない。右馬頭は右馬寮の長官、すなわち馬をつかさどる官である。
 天延二年のことで、場所は作者の住まいである。
 右馬頭から何度も催促してほしいと言ってくるので、兼家にどうすればよいかと相談すると、ちやほやともてなしていると世間が噂しているようだ、と答えられた。それに対して詠んだ歌である。
 この歌ののち、五月になって物詣でに出かける折、女神に衣を奉る場面へと移っていく。

 初句の「今更に」は、今となっては、の意で、あきらめの調子から歌を起こす。二句の「いかなるこまか」の「こま」は馬のことで、求婚してきた相手が右馬頭、すなわち馬をつかさどる官であることに掛けている。この一語が歌の要にあたる。相手を駒になぞらえながら、その駒が懐くはずもないと言う形になる。三句の「なつくべき」は懐くはずがあろうか、の意で、「か」を受けて反語となる。四句の「すさめぬ草」は馬が好んで食べない草のことで、見向きもされないものをいう。兼家に長く顧みられずにきた我が身をそう呼んでいる。結句の「のがれせぬ身を」は、逃れることもできない我が身を、の意で、体言に助詞を添えたまま言い終える。ちやほやともてなしているという世間の噂を伝えられたのに対し、そもそも自分は馬の食まない草のような身なのだから、駒が懐くはずもない、と答える形になる。相手の官名を素材に取り込んで応じており、噂を否定するのに、自分を卑下する言い方を用いている点にこの一首の構えがある。

こま:馬。ここでは右馬頭の官名に掛ける。
すさむ:好んで食べる。心を寄せる。
なつく:懐く。慣れ親しむ。
作者
藤原道綱母
出典
蜻蛉日記
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