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夏ごろもたつやとぞ見る千早ふる
神をひとへにたのむ身なれば

歌の意味
夏衣を裁つのだと見ることだ。千早ふる神をひとえに頼む身であるから。
鑑賞
 五月になり、ある所へ物詣でに出かけようとすると、侍女が、女神様には衣を縫って奉納するのがよいと言う。そこで作者は縑の衣で人形の小さな着物を三つ縫い、それぞれの衣の下前に歌を書きつけた。
 作者は藤原倫寧の娘。縑は目を細かく固く織った絹である。人形は身代わりとして神に奉る小さな形代で、それに着せる衣を縫って納めた。詣で先がどこであるかは原文に明示されない。
 天延二年五月のことで、場所は物詣での先である。
 縑の衣で縫った人形の小さな着物三つのうち、三つ目の衣の下前に書きつけた歌である。
 この三首を奉ったのち、端午の節句をはさんで、右馬頭が焦り始める場面へと移っていく。

 初句の「夏ごろも」は夏に着る薄い衣のことで、五月という季節に合わせた語である。二句の「たつやとぞ見る」の「たつ」は衣を裁つ意であるとともに、立つ意をも兼ねる。「ぞ」が結びを導く。衣を裁っているところだと見る、という言い方に、神が立ちあらわれるという意を響かせる読みもある。三句の「千早ふる」は神にかかる語で、次の神を導く。四句の「神をひとへに」の「ひとへ」は単衣、すなわち裏を付けない一枚仕立ての衣であるとともに、ひとえに、ただそればかりに、の意をも兼ねており、この一語が歌の要にあたる。夏衣は単衣に仕立てるものであるから、季節の衣がそのまま、ただ一途に頼むという心をあらわす。結句の「たのむ身なれば」は、頼みにする身であるから、の意で、理由を述べて言い終える。三首のうち、前の二首が仲を元に戻したいという具体的な願いを述べたのに対し、この一首は神を頼む心そのものを述べており、締めくくりにあたる位置に置かれている。衣の縫い方の一語で信心の一途さを言いあらわす点に工夫がある。

夏ごろも:夏に着る薄い衣。裏を付けない単衣に仕立てる。
たつ:衣を「裁つ」に「立つ」を掛ける。
ひとへ:「単衣」に「ひとえに」を掛ける。
作者
藤原道綱母
出典
蜻蛉日記
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