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絕えず行くわがなか河の水まさり
をちなる人ぞこひしかりける

歌の意味
絶えず流れてゆく我が中川の水嵩がまさって、遠方にいる人が恋しいことだ。
鑑賞
 五月、右馬頭から道綱に呼び出しがあり、道綱が行こうとすると雨が激しく降り、夜になっても降りやまないので行けない。そこで道綱が右馬頭に、お手紙だけでも、と言って歌を詠み贈った。右馬頭がそれに応えて返した。そののち雨がやんだので右馬頭が作者のもとへやって来て結婚の話をした。その際に作者は、兼家に催促するのが難しいという理由を書いた兼家の手紙の一部を破り取って右馬頭に見せた。
 作者は藤原倫寧の娘。道綱は作者の子。右馬頭は兼家の弟にあたる人で、原文は官職名で呼ぶのみで人名を記さない。中川は前々年に作者が移り住んだ広幡中川で、家の中を、また外を流れる川の名でもある。
 天延二年五月のことで、場所は広幡中川の作者の住まいである。
 右馬頭から呼び出しがあり、道綱が行こうとすると雨が激しく降り、夜になっても降りやまず行けない。そこで、お手紙だけでも、と言って詠み贈った歌である。
 これに対して右馬頭が「あはぬせを戀しとおもはゞ思ふどちへむ中川にわれをすませよ」と返した。

 初句の「絕えず行く」は、絶え間なく流れてゆく、の意で、雨で水嵩の増した川の実景を示す。二句の「わがなか河」は住まいのある広幡中川の名であるとともに、二人の仲をも意味し、この一語が歌の要にあたる。地名がそのまま人と人との間柄を指す用い方は、母が転居の折に詠んだ「流れてのとことたのみてこしかども我が中川はあせにけらしも」と同じで、あちらでは川が浅せたと詠まれたのに対し、こちらでは水がまさったと詠まれている。同じ川の名が、絶えた仲と、隔てる水量との両方をあらわす形になる。三句の「水まさり」は水嵩が増すことで、それが行く手を阻んでいる。四句の「をちなる人」は遠方にいる人、すなわち呼び出してきた右馬頭をさす。結句の「こひしかりける」は「ぞ」の結びで、恋しいことだと言い切る。行けない理由を川の水に帰しながら、その川の名が仲を意味するために、隔てているのは水ではなく間柄そのものだという含みが生じる。

なか川:広幡中川の地名に、二人の「仲」を掛ける。
をち:遠方。あちら。
水まさり:雨などで水嵩が増すこと。
作者
藤原道綱
出典
蜻蛉日記
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