なげきつゝあかしくらせば郭公
この卯のはなのかげに鳴きつゝ
- 歌の意味
-
嘆きながら夜を明かし日を暮らしていると、郭公が、この卯の花の陰で鳴き続けている。
- 鑑賞
-
右馬頭に見せた手紙の件で、右馬頭から手紙が届いたので返事を書くと、右馬頭がそれに対して歌を詠んでよこした。作者は、なぜそんなにまで思い詰めるのかと不思議に思って返した。
作者は藤原倫寧の娘。右馬頭は兼家の弟にあたる人で、原文は官職名で呼ぶのみで人名を記さない。卯の花はうつぎの花で、四月から五月にかけて白く咲き、時鳥がその陰で鳴くものとして歌に詠まれる。
天延二年五月のことで、場所は右馬頭のもとである。
作者が兼家の手紙を破り取って見せた件について右馬頭から手紙が届き、作者が返事を書いた。それに対して右馬頭が詠んでよこした歌である。
これに対して作者は、なぜそんなにまで思い詰めるのかと不思議に思い、「かげにしもなどか鳴くらむ卯の花のえだにしのぶの心とぞ聞く」と返した。
初句の「なげきつゝ」は嘆き続けながら、の意で、この日記に繰り返し現れる語である。二句の「あかしくらせば」は、夜を明かし日を暮らすと、の意で、昼夜の別なく嘆いていることをいう。三句の「郭公」は時鳥のことで、この段の贈答で相手が繰り返し用いてきた鳥であり、ここでは自分自身をさす。四句の「卯のはな」はうつぎの花で、四月から五月に白く咲き、時鳥がその陰で鳴くものとして詠まれてきた。「う」の音に憂きが響き、憂き身の意を含む読みもある。結句の「かげに鳴きつゝ」の「かげ」は花の陰であるが、人目につかない場所という意をも帯び、「なく」は鳥が鳴く意と人が泣く意とを兼ねる。花の陰で鳴き続ける時鳥という景に、人目を避けて泣き暮らす自分の姿が重なる。時鳥と卯の花という季節の取り合わせをそのまま用いながら、思いの深さを訴えており、求婚が進まないまま長引くうちに、歌の調子が嘆きへ傾いていることが分かる。
卯の花:うつぎの花。四月から五月に白く咲く。
う:「卯」に「憂」を響かせる。
かげ:物陰。人目につかない所。
- 出典
-
蜻蛉日記
- その他の歌
-