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愚なる心や見えん増鏡
古き姿に立ちは及ばで

歌の意味
拙い心が見えてしまうだろうか。この増鏡は、古い鏡の立派な姿には並び立つこともできないで。
鑑賞


 二月十五日の涅槃会の日、語り手は嵯峨の清涼寺に詣でて釈迦如来を拝む。その傍らに、鳩の杖にすがった老尼が一人参ってくる。腰が痛むといって若い供の女房を坊へ返し、「釈迦牟尼仏」と度々唱えながら、西に傾く夕日を見やって「我身の上の心地こそすれ」とつぶやく。そのさまがなまめかしく、心ある人と見えたので、語り手は近く寄って言葉をかける。年を尋ねると百歳をはるかに越えているといい、世の騒ぎにもこの寺だけは恙なかったと語る口ぶりが古風で雅びである。語り手は昔語りを聞きたいと願い、雲林院の菩提講の翁やつくも髪の物語を引き合いに出してすかす。老尼は目も耳もおぼろだと辞退しながらも、語り手が水鏡
大鏡
世継
今鏡
いや世継とこれまで見てきた書を数え上げ、その後のことを聞かせてほしいと重ねて頼むと、途切れ途切れにでも申しましょう、違いは直してくださいと応じる。
 老尼は名も素性も明かされず、百歳を越すと語るだけである。語り手も自らを名のらない。本文に引かれる「雲林院の菩提講に参りあへりし翁」は『大鏡』の大宅世継を、「つくも髪の物語」は『今鏡』を、「いや世継」は隆信朝臣(藤原隆信)の作と伝える書を指す。
 時は二月十五日の夕暮れ、場所は嵯峨の清涼寺の局である。
 語り手が水鏡
大鏡
世継
今鏡
いや世継といった先行の書を数え上げ、その後の世の事を語ってほしいと重ねて頼んだのに対し、老尼が「かの古き事どもには、なぞらへ給ふまじう」と辞退の言葉を添えて、震え声で詠み出したのがこの歌である。
 語り手はこの詠みぶりを「にくからず、いと古代なり」と受けとめ、それならば今語ることも書きとどめて昔の面影に等しくしようとお思いなのだろうと応じ、返しの歌を詠む。以後、老尼の昔語りがそのまま本篇として語り出される。

 初句「愚なる」は自らを卑下する語で「心」にかかる。第二句「心や見えん」の「や」は疑問の係助詞で、結びの「見えん」の「ん」(む)と呼応し、拙い心が見えてしまうだろうかと危ぶむ。第三句「増鏡」は書名であると同時に、曇りなくよく映す鏡そのものの意を掛け、映す鏡と書き記す書物とを重ねる。下の句「古き姿に立ちは及ばで」の「古き姿」は先行する鏡物を指し、「姿」「立つ」「及ぶ」は鏡の縁語として働く。「及ばで」は打消の接続助詞「で」による中止で、及ばないままにという余情を残して言いさす形で結ぶ。老尼の謙遜がそのまま書名の由来を示す形になっており、これを受けた語り手の返し「今もまた昔を書けば増鏡ふりぬる代々の跡にかさねん」が「増鏡」の語を取り直す。

増鏡:曇りなくよく映す鏡。書名でもある
古き姿:先行する鏡物の書。ここでは大鏡
今鏡などをいう
及ばで:及ばないで。「で」は打消の接続助詞
菩提講:寺で経を講じ極楽往生を願う法会
出典
増鏡
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