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行きて見ぬ人も偲べと春の野の
形見に摘める若菜なりけり

歌の意味
行って見ることのなかった人も思いをはせよということで、春の野の形見として摘んできた若菜なのだった。
鑑賞
巻第一 春歌上 14

詞書「延喜御時の屏風に」
 若菜を摘んで持ち帰るという場面を詠む。摘まれた若菜が、野へ行けなかった人に春を伝える証しとなる。詞書によれば醍醐天皇の御代の屏風歌で、屏風に描かれた若菜摘みの絵に添えて詠まれたものである。
 作者の紀貫之(生年未詳〜九四五頃)は『古今和歌集』の撰者で、その仮名序を執筆した。土佐守を務め、その任を終えて帰京するまでを記した『土佐日記』の作者としても知られる。
 場面は若菜摘みの季節、場所は春の野である。
 直接の契機は屏風歌としての詠進である。屏風歌は絵の中の人物や行為を、その場にいる者の言葉として詠むことが多く、この歌もその型に沿っている。

 初句
二句「行きて見ぬ人も偲べと」は、実際に野へ出かけて見ることのなかった人も、この若菜によって春の野を思いやってほしい、の意である。「と」は引用で、そういう心づもりで、という含みを下に続ける。
 三句
四句「春の野の形見に摘める」の「かたみ」は、後に残して思い出のよすがとする品をいう。ここでは摘まれた若菜が、春の野そのものの代わりとして働いている。
 結句「若菜なりけり」は「けり」による詠嘆の言い切りで、これはそういう若菜だったのだ、と改めて意味づける調子になる。
 前の三首が野にいる者の目で春を詠んできたのに対し、この歌は野から持ち帰られたものを通して、その場にいない人へ春を届けるという構図をとる。屏風歌という性格上、絵を見る人が野へ行かずに春を思うという場面設定とも重なっている。

しのぶ:思いをはせる。心に思い浮かべる
形見:後に残して思い出のよすがとするもの
作者
紀貫之
出典
新古今和歌集
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