岩そそぐ垂水の上のさわらびの
萌え出づる春になりにけるかな
- 歌の意味
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岩に注ぎかかる滝のほとりの早蕨が、芽を出す春になったのだなあ。
- 鑑賞
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巻第一 春歌上 32
詞書「題しらず」
梅と鴬の一連を受けて、春の到来を正面から言祝ぐ歌が置かれる。滝のほとりに蕨の芽が出たという一点の景から、季節そのものへの喜びが引き出される。詞書は「題しらず」で、詠作の事情は伝わっていない。
作者の志貴皇子(生年未詳〜七一六)は天智天皇の皇子である。政争から距離を置いて生涯を過ごした。その子が即位して光仁天皇となり、以後の皇統はこの系統に移った。
場面は早春、場所は岩の間を落ちる水のほとりである。
詠まれた直接の契機は伝わらない。
この歌は『万葉集』巻八に志貴皇子の歌として収められており、『新古今和歌集』はそこから採っている。
初句「岩そそぐ」は、水が岩に注ぎかかるさまをいう。景の中心である水の動きが最初に置かれる。
二句「垂水の上の」の「たるみ」は垂れ落ちる水、すなわち滝をいう。その上、そのほとり、の意で場所を示す。
三句「さわらびの」は、芽を出したばかりの蕨である。「さ」は接頭語。岩と水という硬く冷たいものの傍らに、柔らかい若芽が置かれ、対照が生まれる。
四句「萌え出づる春に」は、蕨が芽を出す、そういう春に、の意である。「春」を蕨の芽ぐみによって規定しており、暦ではなく目の前の一つの事実で季節を定義している。
結句「なりにけるかな」は「に」が完了、「ける」が詠嘆、「かな」がさらに詠嘆を重ねる形で、感動が強く押し出される。技巧を用いず、見たままを述べて季節の到来を喜ぶ調子は、本巻の巻頭三首の作り込まれた歌と対照的であり、万葉歌を配することで巻に変化が与えられている。
そそぐ:水が注ぎかかる
垂水:垂れ落ちる水。滝
さわらび:芽を出したばかりの蕨。「さ」は接頭語
- 作者
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志貴皇子
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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